育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

胸椎棘突起骨折の治癒過程(Molnarら 2012)

胸椎棘突起(特にキ甲のところ)の骨折は、転倒や激突によっておきますが、私個人は馬栓棒をくぐっておきた症例も経験があります。

たいていは横骨折で、複数のピースに割れることがあり、変位をともないます。周囲は大きく腫脹し、疼痛は非常に重度で、両肩が出ない特徴的な歩様になります。受傷時には傷がないことを確認し、数日間触診と体温の様子を経過観察しておかないと、感染するリスクもあります。

 

 

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

 

4歳セン馬のクォーターホースがサスカチュワン大学に来院した。主訴は1ヵ月続く跛行とキ甲の腫脹であった。馬主は、キ甲部に20×20cmの腫脹があり、歩行や首を動かすことを嫌い、食事のために頭を低く保持することができない症状を認識していた。腫脹は左側で、たてがみの下まで8cmほどにわたっていた。馬が転倒したことを疑っていた。2週間NSAIDsを投与したところ腫脹と痛みは減じたが、投薬を止めると症状が悪化した。

 

症例

 来診時、常歩跛行しており両前が硬い歩様で速歩では評価しなかった。自分から動きたがらず、首を横や下向きに動かすと痛がった。キ甲部には特に左側に10×10cmの腫脹があり、指圧すると痛がった。キ甲の左側では筋肉の内側に硬い直径2cmの物体(棘突起と思われる)が触れた。X線検査の側方像にて、T2-10に棘突起の背側部骨折を認め、一番長い骨片で頂点から10cmほどであった。ほとんどの骨折で骨片は割れており、変位も明らかであった(特にT5と6)。

 

 

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図1:初診時の棘突起X線画像。Aはキ甲の頭側でT2-T6の棘突起が骨折しており、T5および6の中央の骨片が最も変位していた。Bはキ甲の尾側でT6-10の棘突起が骨折していた。矢頭は骨折部を指す。

(Molnar et,al. Can Vet J. 2012)

 

馬の退院後は、他の馬と分けて舎飼いにし、水と飼い桶は胸の高さにして首を動かさなくてすむように、2‐3週間は痛みを感じているときにはフェニルブタゾン1gを投与するよう指示した。

 

 10週間(8週間舎飼い、2週間SP放牧)後、馬主によると跛行していないが、草を食むときに前肢を広げていなかったし、寝返りも1回転していなかったとのこと。そこで再検査を受けることになった。来院時は常歩と速歩で跛行しておらず、キ甲の腫脹も消失していたが、変位した棘突起は依然として触診でき、痛みもあり、鞍を乗せると当たる部位であった。X線検査では側方像にて骨折部に骨癒合しようとしている仮骨形成がみられた。オーナーには休養継続を指示した。

 

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図2:受傷3か月後の棘突起X線画像。Aはキ甲の頭側で、T2-8には骨折部に新しい骨増生がみられる。Bはキ甲の尾側で、T4-9には骨折部に骨増生がみられる。T10は見えない。矢頭は骨折部を指す。

(Molnar et,al. Can Vet J. 2012)

 

 受傷から6か月後に、裸馬で1日5分の速歩運動を再開した。徐々に運動負荷をあげ、1年以内に鞍を乗せて、常歩から駈歩までの運動を1日30分できるようになった。跛行を感じることはなかったが、キャンターでの回転運動はできなかった。2年以内には完全な運動に復帰し、問題なく運動でき、どの走法や方向で運動しても跛行しなかった。馬主によると寝返りも1回転できるようになったし、騎乗中のキャリッジも受傷前より良いとのことであった。このときの来診では外貌上キ甲は左右対称であったが、よく触診すると左側に硬く痛みのない2cm径の物体が、キ甲の最も高い位置から5cm腹側で軸外側に残っていた。歩様は問題なく、首もどの方向にも痛みなく動かすことができた。X線検査では側方像で骨癒合し骨片は再配列したなかに取り込まれていた。安静および運動制限をすれば、骨にリモデリングが起こり、跛行も消失し、運動復帰には良好な予後が得られた。

 

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図3:受傷2年後のX線画像。Aはキ甲頭側で、T2-7は形は歪んでいるものの、骨折は治癒して棘突起は再配列が起こり図1よりも正常に近い。Bはキ甲尾側で、T4-10は歪んでいて、特にT6では顕著だが、骨折はすべて治癒していた。

(Molnar et,al. Can Vet J. 2012)

 

考察

 胸椎棘突起骨折の発生率は低く、0.32-1.81%と報告されている。この骨折は、後退や転倒といった外傷性の原因が多く、キ甲の部分に強い衝撃が加わることで複数の棘突起が骨折する。

 

 臨床症状はさまざまであるが、椎体に骨折が起きることは稀で、神経学的な病態は珍しい。急性期に多くみられる症状は、跛行、歩きたがらない、首を動かしたがらない、キ甲部の腫脹である。首を横や下に動かすと痛いので馬の動きが制限され、草を食むこともできなくなる。骨片は前後左右にも変位しうる。軸側方向の変位は、そのずれた側が大きく腫れる。

 

 慢性骨折の場合の症状は、跛行、プアパフォーマンス、鞍付きの悪さ、キ甲部の非対称性や凹みがある。本文献の症例はこれらの症状をしめしていた。外傷の履歴はなかったが、初めに顕著な両前肢跛行、首を動かすときの顕著な疼痛、キ甲部の腫脹があったことから棘突起骨折を疑った。来診時には症状は同様だったがひどくなく、キ甲部の凹みはなかったが、棘突起の軸側変位が触知でき、骨折を強く疑った。

 

 確定診断はX線検査をもって下される。本症例馬でもみられたように、この部位の骨折は複数で骨片が粉砕し変位していることが多い。X線検査によって、骨折の数、粉砕の重症度、尾頭側方向の変位の程度は判断できるが、軸側方向の変位はわからない。

 

 キ甲の部分にあたる胸椎棘突起の年齢に関連した正常所見を知っておくことはX線読影するうえで役に立つ。正常であれば、全ての骨化中心は単独であるが、まれに2つあることもある。分離した骨化中心は不整で斑な見た目で、生涯通して骨体から分離した不完全な骨化で残る。正常な成馬の棘突起は平行に並んでいて、T6または7が最も高くキ甲にあたる。T2-10の棘突起では、前後によくみられる新骨形成は正常とみなされる。本症例ではT2-10の9本の棘突起が骨折していて、軽度の粉砕や骨化中心の変位がみられた。頭尾側方向の配列不整は特にT5や6で明らかだった。変位した骨片は、キ甲の横にずれた塊として触知される。骨折した部位は気放送ではないため感染は疑われなかった。

 

 外科的治療は、骨片が分離して衝突しているときには必要だが、鞍を使う場合は除く。非常に良好な予後が報告されているが、筆者らは症例数の多い報告を見たことがないし、やるべきかわからない。予後は骨折の数、変位の程度および治癒のしかたに依存する。8頭の症例報告では、6頭で満足のいく予後であった。全頭がもとの運動に復帰したが、3頭はキ甲の形状にあわせた特殊な鞍を使った。本症例馬では複数の棘突起が骨折していたが、キ甲の大きさと形は元通りになり、騎乗の予後は良好であった。棘突起のひとつは横にずれた骨片が深くに触知できたが、騎乗しても問題は起こさなかった。

 

 骨折の治癒に影響する要素は、骨片粉砕の程度、変位の程度および骨片の安定性である。整復や不動化が不十分であれば骨化または線維化による治癒が遅れる。本症例でも見られたように、棘突起は複数におき、粉砕や変位もよくみられる。馬の棘突起骨折において治癒のしかたをX線検査で評価した報告はない。しかしこの骨折は4-6ヵ月の期間では骨癒合が遅延するか線維性癒合のみと報告されてきた。これらの報告とは違い、本症例では受傷後3ヵ月の時点で全ての骨折部で明らかな癒合所見がみられ、2年後には完全な骨癒合が確認された。興味深いことに、頭尾側方向に棘突起の再配列が起きていて、これはいままでに報告されていない。筆者らはどのように再配列がおきるのか確信は持っていないが、骨のリモデリングが主因だと考えている。1つの棘突起は軸側方向に変位したままで、頂部は正中からずれて触れたが、主観的な臨床評価では変位の程度はましになっていた。本研究から、棘突起の骨折に関しては十分な時間をかければ非常に良好な骨癒合が起きるし、時間がたてば骨折した破片も再配列が起きる可能性がある。