育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

ヨーロッパ馬内科医による成馬の胃潰瘍症候群についての合同声明⑦(Sykesら 2015年)

馬の胃潰瘍は、その一連の検査所見や症状から、馬胃潰瘍症候群EGUS:Equine Gastic Ulcer Syndromeと呼ばれるようになってきました。

ヨーロッパの大学の馬内科医による成馬の馬胃潰瘍症候群EGUSに関する合同声明が2015年に発表されていますので、これについて少しずつ書いていきます。

なお、Pubmed、JVIMから全文を読むことができますのでリンクよりご確認ください。

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

“診断

 専門委員会は、胃潰瘍を生前に確定診断する唯一の信頼できる方法は胃内視鏡検査だと考えている。胃内視鏡検査を行うとき、胃全体を評価することが不可欠であり、特に幽門や近位十二指腸は簡単に見逃されてしまう部位である。ESGDとEGGDに相関はなく、一方があるからといって他方もあるとはいえない。

 胃潰瘍の診断において、信頼できる血液および血清学的検査マーカーはない。ショ糖透過性試験は非侵襲的な胃潰瘍診断に希望があったが、臨床例での診断的正確性はこれまでに報告がない。初めの報告に相反するが、胃潰瘍と糞中のアルブミンおよびグロブリンの検出には相関がない。胃内視鏡検査ができないなら、エンピリックな治療が多くなる。専門委員会は、治療にかかるコストを想定すると、ESGDとEGGDを区別することは重要で、胃内視鏡を行う前に治療を開始することは推奨していない。エンピリックな治療を行い、治療に反応しなかったとしても、胃内視鏡検査は胃の疾患を確定的に除外するために行うべきである。なぜなら潰瘍が治癒するまで臨床症状が改善しない馬もいるからである。

 

胃潰瘍のグレード分類

 胃内視鏡検査を行ったら、それぞれの解剖学的位置にみられる粘膜損傷を、よく用いられている分類でグレード分けして重症度を評価する。馬における公開された評価方法は、0-3または0-10による分類がある。損傷の数と重症度をわけてそれぞれ評価する方法も提案されている。1999年に、馬胃潰瘍専門会で、損傷の深さ、大きさ、数をもとに0-4のグレード分けし、これを臨床と研究に用いることを推奨した。

 広く用いられているにもかかわらず、評価者による再現性が妥当とされるスコアシステムはほとんどない。潰瘍の数や重症度で評価すると、評価者間で数のばらつきが大きくなる。次に、剖検時の所見と比較すると、損傷の数は過小評価されていて、0-3の評価はよくなかった。馬胃潰瘍専門会の0-4のグレードは、標準的なEGUSのスコアシステムとして採用されるべきで、この方法は簡便で、再現性および検査者間の相関も良い。専門会のシステムは妥当であり推奨されているにもかかわらず、多くの研究者が独自のシステムによる報告を続けている。統一されていないため、研究どうしを比較することは難しく、異なる検査者による臨床例の評価の妨げとなる。

 

提言:専門委員会は、ESGDの評価には専門会の0-4スコアシステムの使用を推奨する。

 

 

 腺部の胃潰瘍について、グレード分類についての妥当性を示すデータはほとんどない。尖部の胃潰瘍の異なる症状と臨床的関連性はまだ十分に評価されていないが、腺部の損傷の組織所見にはばらつきがあり、それは胃内視鏡でもわかる。上皮に認められる損傷所見はさまざまで、充血、出血、線維被膜、潰瘍があり、粘膜の輪郭も、陥凹、平坦、突出などの所見がある。さらにいえば、無腺部の治癒のように上皮が復旧したからといって正常な粘膜に戻ったとは言えないため、上皮と粘膜は分けて評価することが重要で、腺部の治癒をよりよく評価できる。最後に、主観的な見た目の重症度評価と、病理組織学的な上皮および粘膜の所見は相関しないようである。このことから考えて、現在のところ、ESGDで用いられるグレード分類のような階層的な評価にはこれらの所見は反映されないことから、推奨されない。

 

提言:詳しい定義ができるまでは、EGGDを階層的にグレード分類することは推奨されない。グレード分類がないため、損傷の有無、解剖学的位置、損傷の所見について図1に概要を示した記述を用いるべきである。

 

 検査者にとっての主な難題は、所見が臨床的なものかどうかである。胃潰瘍の重症度と臨床症状の重症度には関連があると示唆されてきたし、直感的にも潰瘍が重度であれば臨床的に重大な疾患をおこしやすそうである。しかし、その関係性は線形ではなく、維持されず、現在でも成馬において、臨床症状と潰瘍の有無、重症度および部位との直接的な因果関係を示した文献の情報は不足している。さらにいえば、EGUS症例の多くは臨床症状を示さず、サイレントまたは非臨床的な胃潰瘍とみなされている。これらの馬は本当に臨床症状がないのか、まだ出ていないだけなのかは考慮すべきところで、実際に数例は治療後に行動が改善していた。

 さらに、臨床的に重大となるには、粘膜の完全性が消失することが必要である。しかし、ヒトでは、腺部粘膜の充血は粘膜表面の酸性化を反映していて、感覚神経の活性化や疼痛を引き起こすと考えられている。馬でも同様の影響があるのかは不明だが、逸話的に過角化および充血のみが見られる場合には治療に反応することから、なかには影響を与えているものもいることが示唆された。対照的に、内視鏡検査で重度の疾患がみられても症状がなく、治療に対する変化がない症例もいる。

 

コメント:見た目で評価する損傷のグレードと、臨床症状の相関を支持する根拠はほとんどない。専門委員会は、このことを考慮し、内視鏡所見のみから臨床的関連性を評価するべきではないと考えている。馬の最近の使役、履歴、現在の症状に照らして、それぞれの損傷の関連性を評価すべきである。臨床症状と内視鏡のどちらにも注目した、EGUSについてのさらなる調査が必要である。”