育成馬臨床医のメモ帳

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ヨーロッパ馬内科医による成馬の胃潰瘍症候群についての合同声明⑨(Sykesら 2015年)

馬の胃潰瘍は、その一連の検査所見や症状から、馬胃潰瘍症候群EGUS:Equine Gastic Ulcer Syndromeと呼ばれるようになってきました。

ヨーロッパの大学の馬内科医による成馬の馬胃潰瘍症候群EGUSに関する合同声明が2015年に発表されていますので、これについて少しずつ書いていきます。

なお、Pubmed、JVIMから全文を読むことができますのでリンクよりご確認ください。

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

“治療と予防

薬学治療

 「酸なしで潰瘍はできない」は真言で、原因が何であれ、ヒトの胃潰瘍治療において酸の抑制は基礎である。これに一致して、専門委員会は、根底となる原因がわかっていなくてもESGDとEGGDの両方の治療に酸抑制治療は適切と考えている。プロトンポンプインヒビターとH2レセプターアゴニストは馬で最もよく使われている薬剤である。プロトンポンプインヒビターのなかでも、オメプラゾールは馬で最も研究が行われていて、これはポンプに不可逆的な阻害をおこし、塩酸を作るにはあらたにポンプを誘導しなければならない。対照的に、H2レセプターアゴニストは、壁細胞にあるレセプターを競合的に阻害するため、作用は血漿中の薬剤濃度に依存する。自然発生の胃潰瘍治療にオメプラゾールはラニチジンより優れていて、専門委員会は、EGUSの治療薬としてオメプラゾールを選択する。

 治療の製剤、用量、期間などさまざまな要素が期待される治療成績に影響する。近々ガストロガードの特許が切れることから、様々な製剤が市場に出ることが期待され、様々な製剤の形でオメプラゾールを保護する方法についての議論が起こるだろう。オメプラゾールは酸に対して不安定で、胃内の酸性環境でも薬の変性を阻止する防御策が必要と広く認識されている。ガストロガードとそのジェネリック品は、ペースト状の緩衝剤を使うことでオメプラゾールを守っている。他にも腸溶製剤を使って同様に保護している製品がある。

 今日まで、オメプラゾールの製剤の違いによる相対的な薬物動態に関する研究はほとんどない。4つの製剤(2つは腸溶性剤でコート、2つは緩衝剤による保護)とガストロガードを標準品として直接比較した研究では、生物学的利用能に統計学的有意差はなかった。同様に、ガストロガードと腸溶剤をもちいたガストロゾールを比較した臨床研究でも生物学的利用能に差はなかった。対照的に、ガストロゾールは、緩衝剤のないオメプラゾールのみのペーストと比較すると2倍の生物学的利用能を示した。

 これらの所見は、近年の臨床的な研究結果に照らすと興味深い。製剤を直接的に比較すると、ガストロゾールを1mg/kgで投与した場合と、ガストロガードを4mg/kgで投与した場合では内視鏡検査結果に差は認められなかった。他の研究では、腸溶剤でコートした製剤を1,2,4mg/kgでそれぞれ投与したところ、内視鏡所見に差がなかった。これらから、緩衝剤または腸溶剤を用いたオメプラゾール製剤は、低用量でも効果があるかもしれず、検討するに値することが示唆された。

 ESGDおよびEGGDが治癒するために、一日でどのくらいの期間さんが抑制される必要があるかは記録されていない。ヒトでは、胃潰瘍および逆流性食道炎の治癒に、最低でも16時間はpHを3および4以上に保つ必要がある。最初に発表された研究では、1日1回のオメプラゾール投与で24時間酸分泌が抑制されたと示されたが、4mg/kg経口投与ではなかには12時間しか持たない動物もいた。臨床研究の結果から、たとえ酸の抑制が12時間しかできなかったとしても、ESGDは1-4mg/kgの投与量で治療できていることから十分であると示唆された。したがって、推奨投与量は臨床結果と薬物動態の比較研究に大きく依存して決められている。用量や製剤によってえられる酸分泌抑制の実際の期間を調査するさらなる研究が必要であることもまた事実である。

 ガストロガードは、その届け出用量である4mg/kg経口投与28日間で、ESGDの治癒率は70-77%と明らかにされている。先述の議論の通り、低用量でどうなるか調査する価値がある。しかし、低用量投与を正当化する特別な根拠もないので、経済的な事情が許せば通常投与量を継続するほうが正しい。一方で専門委員会の意見としては、最近の研究から2mg/kgでもいいのではと考えている。同様に、臨床報告から、腸溶剤を用いた製剤なら1mg/kgでもいいだろう。現時点で、臨床的につかわれたというデータが発表されていないため、保護材のないペースト剤は低用量で使うべきではない。

 治療期間も考慮の余地がある。標準的な治療期間の28日の間で治癒率を比較した研究はほとんどないが、早期の研究でESGDの治癒が進行していれば21日以内に完了していることが示唆されていた。したがって、ESGDの標準的な治療期間を21日に短縮してもいいかもしれない。薬剤の製剤や用量によらず、28日の治療期間で良化するのはせいぜい70-80%のESGDであることを認識しておくことが重要で、内視鏡で治癒が確認できてから治療終了すべきである。ESGDの治療に補助療法は必要ないようだが、オメプラゾールが手に入らなかったり、効かなかったりしたときの代替としてラニチジンが考慮される。ラニチジンは実験的に胃酸分泌を効果的に抑制することが示されており、6.6mg/kgを8時間おきに経口投与する方法が最も一般的である。ESGDの推奨治療法は表2に概要を示した。

 

 最近まで、EGUSに推奨される治療法は、腺部と無腺部で区別されていなかった。しかし近年の研究で直接比較したところ、28-35日間4mg/kgでオメプラゾールを投与したところ、ESGDは78%が治癒したのに対し、EGGDは25%しか治癒しなかった。EGGDがオメプラゾールによる治療に反応が乏しい理由は不明だが、明らかに考慮すべき点が3つある。それは、この投与量で1日にどれくらいの期間で酸が抑制されているか、治療に必要な投与期間は何日か、補助療法を使った方がいいかという点である。

 ヒトでは、腺部の潰瘍治療の期間は損傷の原因に第一に依存していて、EGGDの治療期間は長く必要である。NSAIDs誘発性の潰瘍に対して、8週間で84%、12週間で100%の治癒が得られた。筆者らもこれと同様の期間治療すればEGGDの大半は治癒を確認できたが、この期間で得られる効果について調査した臨床的な調査はない。

 EGGDがオメプラゾール単独の治療でうまく治癒しないことに対するもう一つの説明としては、腺部胃潰瘍の発症やそれが持続するには細菌が関わっているため、酸を抑制するだけでは不十分であるということがある。先述の通り、EGGDの病態に細菌がどうかかわっているかは不明である。ピロリ菌が陽性のヒトの胃潰瘍では、抗生物質を含む3つの治療を7-14日間行うと治癒率は80%を超える。このことを当てはめると、馬のEGGDでも成物質を使うことも増えるかもしれない。しかし、ヒトにおいてピロリ菌陰性の胃潰瘍では抗生物質で治癒率は改善しない。さらに、馬において抗生物質を使用する根拠はなく、オメプラゾールに補助的にST合剤を用いても効果はえられなかった。

 

提言:抗生物質の使用を監督する専門家に従うと、もし今後、細菌がEGGDに関連する要素と確定できなかった場合や、臨床試験抗生物質の使用が支持されなかった場合には、その効果が適切に記録されていないうちは、EGGD治療における抗生物質の日常的な使用を正当化することはできない。

 

 代わりに、EGGDの病態に粘膜保護因子の欠陥が関わっていると仮定すると、粘膜保護剤を治療に用いるのは理にかなっている。さらに、それを使うときに抗生物質による上皮障害が複雑にならない。スクラルファートが最も研究が進んでいる。この働きは、潰瘍のある粘膜への吸着、粘液分泌刺激、プロスタグランジンEの合成促進による血流増加で、これら全てEGGD治療に有効とされる。使用を支持する結果として、近年の研究では、幽門同部のEGGDをオメプラゾール4mg/kgとスクラルファート12mg/kg2回/日の治療で67.5%の治癒率が報告された。ヒト医療と同様に、スクラルファートの働きとオメプラゾールとの相互作用についてさらなる研究が必要である。

 これまでに述べたことから、筆者らはEGGD治療について、ESGDと同様にオメプラゾールを用い、さらにスクラルファート12mg/kg2回/日の併用を推奨する。近年、この組み合わせでうまくいっているが、4週間で対照を設定した研究が合理的である。専門委員会の意見では、この組み合わせによる治療を最低8週間行った後に追加治療を検討する。さらに、うまくいかず追加治療を考慮するときには、エンピリックな治療を継続する前に、その根底となる疾患を調査するための粘膜バイオプシーなどが必要となる。”