解剖
前肢において、深屈腱支持靭帯は腕節の総掌側靭帯から連続しており、第三手根骨の掌側面から起始する。支持靭帯の近位横断面は幅広く長方形で、遠位に行くほど細く分厚くなり中手中央領域で深屈腱と合流する。中手近位部では支持靭帯の外側で線維束が浅屈腱に向かって走行している。*1したがって、重度の浅屈腱炎や支持靭帯炎を起こした馬ではこれらに癒着が起きやすくなる。
後肢において、支持靭帯の大きさは極めてばらつきが大きい。しかし前肢よりも小さく、深屈腱の半分以下の厚みなのがほとんどである。個体の中では左右対称である。
前肢の支持靭帯は弾性係数が低く、損傷への強度は中程度であるが、深屈腱は弾性係数が高く、強度は支持靭帯の3倍以上である。支持靭帯は、近位指節間関節および球節の最大伸展時に、深屈腱が過剰に伸展しないよう受動的に力を受ける。しかし後肢における支持靭帯の機能ははっきりしていない。
深屈腱支持靭帯炎は通常前肢におきるが、まれに後肢跛行の原因にもなる。前肢における支持靭帯炎は単独もしくは重度の浅屈腱炎から二次的に発生する。*2浅屈腱炎と併発する症例では浅屈腱が非常に腫大し、深屈腱の内外を覆うようになり、周囲組織と癒着する。慢性で重度な支持靭帯炎の馬では隣接する深屈腱にも損傷がおきる。支持靭帯の重度損傷後には球節の屈曲異常が起きることもある。*3まれに跛行もなく後肢の屈曲異常を起こした馬で超音波検査をしてみると支持靭帯の慢性的な構造変化が起きていることがある。屈曲異常は、関節周囲の軟部組織による拘縮が起きていない限り、支持靭帯切断術で解消する可能性がある。
病態
加齢によって、靱帯には変性性の変化が起こり、靭帯内のコラーゲン線維の量や線維束の数は減少していく。老齢馬の支持靭帯が破綻する力は、若齢馬のそれよりも有意に小さいことが分かった。老齢馬における支持靭帯の断裂は、若齢馬の半分の張力でおきた。したがって、老齢馬では低い張力でも線維に断裂が起きやすく、これが微細な損傷を繰り返し引き起こすことで臨床的な靭帯炎が引き起こされる*4と示唆されてきた。
支持靭帯炎の発生率は、他の腱や靭帯炎とは大きく異なる。支持靭帯炎は、8歳以上の老齢馬に起きやすい。サラブレッドでの発生率は比較的低く、スタンダードブレッドではまれで、競技馬や競走馬ではまれ、老齢の障害競走馬にはおこる。一方でポニーや雑種などプレジャーホースでは比較的多くみられ、温血種も同様である。グランプリレベルの障害飛越競技馬や馬場馬術の馬で見られ、ときには若馬でもある。通常は片側の前肢に発生するが、両前に起きることもあるし、ごくまれに後肢跛行の原因ともなる。
後肢の支持靭帯炎が最も多くみられるのは小型種(Cob-type)で、クォーターホースやその雑種でも、ポニーでもみられ、比較的若い年齢で発症し、すべて外傷性に起きるというわけでもない。なかには両後肢に発生し、同時または二次的に発症する。靭帯炎は球節が屈曲した状態で立つ馬に多くみられる傾向があり、屈曲異常になりやすい。また繋部底側の腫脹と同時に靭帯炎が見られることが知られていて、直および斜種子骨靭帯炎と関連している。
履歴と臨床兆候
通常、運動中に急性発症の中程度から重度の跛行がみられる。障害飛越では着地後に懸垂跛行をしめす。中手近位部で浅屈腱の背側に急激な腫脹ができる。触診で深屈腱と腫大した支持靭帯を区別するのは困難だが、深屈腱がこの部位で損傷することはほぼない。なかには浅屈腱炎の既往歴がある馬もいて、これだと浅屈腱と支持靭帯を区別することが難しい。
臨床症状は、腫脹、熱感、触診痛および跛行である。患肢の球節を少し曲げて蹄踵を浮かせて立つ。長期のリハビリ期間を経ても、多くは腫脹がある程度残る。再発した場合、新たな腫脹はわずかで痛みの中心を探すのに慎重な触診が必要である。まれに、局所の臨床症状はないが、診断麻酔(主に掌側神経・掌側中手神経ブロック、時に内側および尺側神経ブロック)により跛行が消失する。*5超音波検査で診断できない深屈腱支持靭帯の損傷が、MRIで診断されたと報告がある。しかし、支持靭帯は深屈腱や浅屈腱よりも信号強度が強いので、非常に注意深く観察する必要がある。また、靭帯内の組織組成によって低または高信号がみられる。第三手根骨掌側面の、支持靭帯起始部の損傷を超音波検査で診断した報告*6がある。
後肢の靭帯炎では、局所の腫脹を伴う急性跛行を示す馬もいる。スポーツホースでは損傷は近位部に局所的に損傷がおこり、わずかな浮腫性の腫脹が近位内側面にみられる。一方で乗用馬は中足部のより遠位に損傷がおき、支持靭帯の腫脹がより明瞭に見える。しかし、なかには急性の跛行をみせず、いつの間にか歩様が硬くなり、球節を少し曲げて立つようになり、進行すると蹄踵に負重できなくなる症例もある。*7これは片側または両側に起きうる。10歳代の小型馬やブリティッシュポニーは特にリスクがあるようだ。慎重に触診すれば腫脹した支持靭帯がわかるが、これらの品種の馬は皮膚が分厚いため正確に触診するのは難しい。
超音波検査
図:屈腱部横断。深屈腱支持靱帯は横断面積が増大し、中央外側にはコア型の損傷を認めた(赤い点線で囲んだ部位)。
診断は通常、超音波検査によってなされる。フォーカスは支持靭帯の領域にあわせ、横断および縦断で評価する。対側肢との比較も行う。スタンドオフを使っているなら、アーティファクトが出てしまう。損傷は外側辺縁にみられることもあり、まれだが外側辺縁にもおきる。これらは内側と外側両方から検査しないと見逃してしまうし、このときはスタンドオフパッドを使った方がいい。
支持靭帯は、正常であれば中手の軟部組織の中で最もエコー輝度が高く、境界は明瞭である。ポニーでは深屈腱や繋靭帯よりも支持靭帯のエコー源性が低い場合もある。
前肢では支持靭帯は腫脹し特に外側では深屈腱との境界部まで腫大する。重度な損傷の場合、プローブを内側~外側に動かして境界を適切に評価する必要がある。靭帯のエコー輝度がびまん性に低下し、境界がはっきりしなくなることが多いく、ときには無エコー領域もみられる。まれに大部分が無エコーとなることもある。中心部のコア型損傷は比較的まれで、外側部に中心から少しずれて損傷し、大部分の残りは正常に見えることがある。深屈腱の背側境界部は併発する損傷がないか注意深く見る必要があり、特に再発例では要注意である。浅屈腱炎の既往歴がある、もしくは支持靭帯炎が再発した症例では、浅屈腱も損傷していないか慎重に観察する必要がある。このときはスタンドオフを用いて浅屈腱に焦点をあわせる。支持靭帯と他の組織の癒着の評価は、縦断で患肢に負重していない状態で検査するのが最も良い。球節を屈曲したり伸展したりすると、臨床的に重要な癒着が起きていない限り、浅屈腱、深屈腱、支持靭帯は独立して動く。支持靭帯炎と繋靭帯炎の併発はまれ*8だが、局所の症状がなく診断麻酔を要する。まれに周囲組織の断裂により靭帯周囲にエコー源性のある組織がみられる。
慢性の靭帯炎で支持靭帯の腫大があり、浅屈腱の腫大が見られるかどうかにかかわらず、深屈腱の横断面積は有意に減少していることが多い。
後肢の急性損傷の場合、中足近位内側から触診することで評価できる。支持靭帯が腫大している馬は患肢の蹄踵に負重することができず、エコーでは支持靭帯は通常肥大し境界が不明瞭でびまん性の低エコーとなる。小型馬など皮膚が厚く毛深く皮膚が線維化している場合には評価が難しい。プローブの周波数を8MHzくらいまで下げて、ゲインを上げて対応することが多い。支持靭帯の横断像はびまん性に低エコーに見えることが多く、両側で対称に見えてしまうとこのような損傷は見逃されてしまう。このため正常な支持靭帯の構造を認識しておくことは重要である。球節から繋にかけての他の構造も検査しておくべきで、繋靭帯だけでなく種子骨靭帯にも損傷が併発していることがある。
治療
急性で初発の支持靭帯炎では、保存療法で通常うまくいく。しかし慢性損傷で運動を継続していた場合には予後はより慎重に判断する必要がある。舎飼い休養と制限した常歩運動を少なくとも3ヵ月行い、超音波で再検査を行う。安静時に患肢に負重しない場合には、二次的な球節の屈曲異常を起こさないために、NSAIDsを投与する。何か肢のアンバランスがあるなら矯正しておくべきだ。
一般的に、繋靭帯と比較して支持靭帯のエコー源性の改善は早くみられる。深屈腱の横断および縦断面と比較して同じようなエコー源性になるまでは、舎飼いと制限した運動は継続する。損傷後最初の3ヵ月は毎月治癒の進行をモニタリングすべきだ。
3ヵ月以内に運動制限を解除してしまうと、臨床症状は持続し、超音波での異常も残ってしまう。再生医療などの局所療法は、新鮮な骨髄、PRP、間葉系幹細胞を用いた治療でうまくいったといわれるが科学的根拠を欠く。
前肢の支持靭帯炎に対して保存療法の成功率は、文献によってばらつきが非常に大きい。これは治療開始時点での慢性化、馬の種類など多くの要素が原因となっているのであろう。27頭の馬とポニーで76%が完全復帰したとの報告もあるが、他の文献では復帰率についてMcDiarmidらが43%*9、Van den Beltらが18%*10と報告している。早期に診断し積極的に治療することが良好な成績のカギとなる。13頭の急性後肢跛行で中足中位の支持靭帯損傷では、73%が完全に復帰した。*11これらはほとんどがプレジャーホースであった。スポーツホースにおける後肢近位部の損傷はまだよくわかっていない。
慢性、再発した靭帯炎で、特に支持靭帯と繋靭帯が癒着していたり、球節を屈曲したまま立ったりする馬では支持靭帯切断術*12が示唆される。切断後、瘢痕組織によって固まり、正常な靭帯よりも強度は劣るが、修復された靭帯は長くなって緊張が減り、再損傷が起きにくくなる。実験的に支持靭帯を1㎝全層切除したところ、長期的には瘢痕組織で埋まり、ただその線維配列はランダムであった。修復された靭帯は対側肢より1cm長く、横断面は腫大していた。機能的には対側と比較して80%伸展したところで破綻した。
慢性支持靭帯炎に対して切断術を行い長期的な成績を報告した文献は限られている。慢性支持靭帯炎が単独であれば、復帰率は75%*13と奏効するが、浅屈腱炎を併発している場合や、屈曲異常が解消されない場合の予後は残念なものである。浅屈腱炎を併発している症例では、疼痛は和らげることができても、完全な運動機能を回復することは難しい。
後肢で片側または両側の支持靭帯炎をいつの間にか発症してしまった馬は、保存療法では予後は不良である。靭帯切断術を行ってもほとんどは跛行が持続し、球節の拘縮がもう起こっている場合には予後は極めて悪い。
この疾患の予後は、慢性化しているか、深屈腱や浅屈腱の炎症を併発しているかによる。急性の症例は慢性の症例より予後がいい。再発の症例の予後は慎重に判断する必要があり、特に深屈腱に損傷がある場合は要注意である。浅屈腱炎から二次的に支持靭帯炎を起こした馬は最も予後が悪く、特に屈曲異常がある場合にはさらに悪い。*14
国内においても保存療法の報告はあるが、復帰までにかかる時間は長く、再発率も高い。*15
参考文献
Diagnosis and Management of Lameness in the Horse 第2版 Chap.71
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