育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

屈腱長軸方向の損傷に関連した腱鞘炎20例(Wrightら EVJ1999年)

 

球節掌側のぷにぷにとした柔らかい腫脹は、腱鞘の腫れが主体です。これにはさまざまな原因があり、目に見える症状は共通していても、原因によってとるべき治療法が異なる場合があります。

超音波検査は、この腱鞘内を観察するのに優れた検査方法です。腱鞘内を走行する腱実質の損傷、滑膜の肥厚、フィブリンの析出などを観察することが可能です。しかしそれでも原因がはっきりしない場合には、診断的に腱鞘鏡手術を行い、直接病変を評価し処置することもあります。

 

 はじめに

指(趾)屈腱鞘 digital sheath とは 

digital sheath

digital flexor tendon sheath

指屈腱鞘は球節掌側に位置し、浅屈腱、深屈腱、輪状靭帯と関連する滑液嚢です。

また、腱鞘内にも屈腱袖(Manica Flexoria)という構造があり、非常に複雑です。

 

腱鞘炎の症状

腱鞘内の腱、腱鞘、滑膜などの損傷から炎症が起き、腱鞘液が増加します。

腱鞘液の増量のみ認められる症例が多いですが、なかには軽度から中程度の跛行がみられることがあります。腱実質の損傷による疼痛、または輪状靭帯による締めつけ(拘縮)を原因とする疼痛などが跛行の原因と考えられます。

 

治療法

保存的治療と外科的治療が採用されます。ある程度まとまった長期休養期間とリハビリプロトコルを経て運動復帰します。いったん症状が改善することもありますが、運動強度を上げると跛行や症状が再発することがあり、競技復帰の予後は五分(fair)です。 

 

文献で明らかになったこと 

超音波検査だけでは得られない所見

超音波検査では、腱鞘液の増量やフィブリンの析出、滑膜の肥厚などの非特異的な所見しか認められなかった。

しかし、腱鞘鏡またはオープンアプローチで観察したところ、 深屈腱の損傷が19頭、屈腱袖(manica flexoria)内の浅屈腱損傷が2頭で認められた。

 

治療法と成績

腱鞘鏡、オープンアプローチのどちらも、損傷部位があれば腱線維を除去した。

20頭中、11頭は跛行なく運動復帰、3頭は治療後に改善したが運動復帰したら跛行再発、2頭は治療後も改善なし、4頭はリハビリ中であった。

 

臨床的な応用

指屈腱鞘内の屈腱損傷は、腱鞘炎の原因の一つである。しかし、超音波検査では明確な所見が得られず、腱鞘鏡などで直接視認することで損傷を診断できる。正確な診断と損傷部のデブリードという治療が可能となるため、外科的な処置は正当である。

 

 引用文献

Tenosynovitis associated with longitudinal tears of the digital flexor tendons in horses: a report of 20 cases

I M Wright 1, P J McMahon

Equine Vet J. 1999 Jan;31(1):12-8. doi: 10.1111/j.2042-3306.1999.tb03785.x.

 

“要約

 この論文では、指屈腱鞘内の浅屈腱および深屈腱の長軸方向の断裂を認めた一連の症例について記述する。これはいままでに報告されていない病態のようである。20例あり、1頭は両側におきていた。深屈腱の損傷が19、屈腱袖(manica flexoria)内の浅屈腱損傷が2つみられた。全ての症例で跛行がみられ、指屈腱鞘には顕著な腫脹がみられた。超音波検査では慢性腱鞘炎の非特異的な兆候がみられたが、原因はわからなかった。9例は腱鞘鏡により確定診断し、残りはオープンアプローチによって確定した。7肢では腱鞘鏡下で断裂した腱線維を除去した。他の症例は、除去後に吸収糸で再建した。11頭は跛行なく運動復帰し、3頭は改善したが運動復帰すると跛行が再発し、2頭は治療後も改善がみられなかった。報告している時点で、4頭は跛行がなく、運動を制限している。まとめると、屈腱の長軸方向の損傷は、指屈腱鞘炎の鑑別診断として考慮すべきである。この結果から、正確な診断と特異的な治療ができるため外科的な処置を行うことが正しい。”