育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

生体と生体外における掌側神経周囲への薬剤投与後の拡散(Nagyら EVJ2009年)

跛行診断に必須の手技となってきている神経ブロックについて、さまざまな文献で考察がなされています。

掌側神経周囲への薬剤投与後にどの組織にどの範囲まで拡散するのかを生体を用いて確認した文献があります。

 はじめに

神経ブロックとは 

神経伝達の通り道を一時的に遮断することで疼痛を感じなくさせます。ブロックした位置より肢端の感覚がなくなるため、跛行の原因となる疼痛部位を特定することが可能となります。

 

神経ブロックの投与部位と感覚消失部位のイメージ図

下肢部診断麻酔

下肢部の診断麻酔で用いる神経ブロックの位置

それぞれのブロックと対応する色の線よりも下肢部の感覚が一時的に消失します。

 種子骨底部での掌側神経ブロック

abaxial nerve block

種子骨底部での掌側神経ブロック

掌側神経は、種子骨軸外側の領域で背側枝が分岐し、それより遠位は掌側指神経となります。

神経は、動脈および静脈と平行して走行しており、リンパ管も近くを通っています。
 

文献で明らかになったこと 

どこまで拡散するのか

ほとんどは血管神経束に沿って拡散したが、それ以外に近位方向に49%、遠位方向に25%線状に分布した。

 

拡散する時間のピークは

最も広い範囲に拡散が起こるのは投与後初めの10分間であった。

 

馬が動くことによる影響はあるか

投与後、馬房で安静にしているのと常歩をしているのでは拡散・分布に有意差はなかった。

 

臨床的な応用

この部位の神経ブロックの結果を解釈する際には、投与後10分で投与部位から広い範囲に拡散していることを考慮する。

また、広範囲に拡散してしまった場合には麻酔の効果が弱く効きが遅くなる可能性がある。

 

 以上のことがこの研究で示されました。

 

引用文献

Diffusion of contrast medium after perineural injection of the palmar nerves: an in vivo and in vitro study

A Nagy, G Bodo, S J Dyson, F Szabo, A R S Barr

Equine Vet J. 2009 Apr;41(4):379-83. doi: 10.2746/042516409x372502.

“要約

研究を実施した理由

 神経麻酔のために投与した局所麻酔薬が近位方向に拡散すると、意図していない他の構造にも感覚消失が起こってしまう。しかし、下肢部の神経周囲に局所麻酔薬を投与した後の分布や拡散を示すエビデンスに基づいた研究はない。

 

目的

 X線造影剤を用いて局所投与した薬剤の拡散を記録すること、投与後に馬房内で安静にしていたときと常歩をしていたときの影響を評価すること。

 

方法

 6頭の跛行のない成馬に対して、種子骨底部で片側の掌側神経上の皮下にX線造影剤を投与した。投与後はランダムに安静にする馬と常歩を行う馬に分けた。X線画像を投与後0,5,10,15,20および30分後に撮影し、造影剤の分布および拡散を解析した。

 

結果

 89%で造影剤が伸長して広がっている像が見られ、これは血管神経束に沿って分布していることが示唆された。49%で近位方向に細く造影剤が伸びており、25%は遠位方向に伸びていた。それぞれの肢で連続的に撮影したX線画像から、時間の経過により有意に近位および遠位に拡散していた。初めの10分で最も大きく拡散した。常歩をすることによる拡散範囲への影響は有意ではなかった。

 

結論と潜在的関連性

 下肢部の神経周囲投与では初めの10分で大きく近位方向に拡散する。これは神経ブロックの結果を解釈するときには考慮すべきことである。血管神経の束を包む鞘の外側およびリンパ管の中に局所麻酔薬が分布することで、麻酔の効果発現が遅れたり減少したりする可能性がある。”