診断麻酔で用いる神経ブロックは、投与した局所麻酔薬が周囲組織への拡散・分布を起こすことが数々の文献で確認されています。
また、神経ブロックに用いる局所麻酔薬には、その作用が現れるまでの時間と作用が持続する時間が明らかになっています。
最近では局所麻酔薬のリポソーマル製剤を用いて神経ブロックを行った臨床的な研究があります。犬などの動物種で、周術期の疼痛管理のため、局所麻酔の作用時間を伸ばすことを目的とし、リポソーマル製剤をもちいることで投与部位で徐放的に作用させます。疼痛の強い膝関節の整形外科手術では、72時間持続させることができたという報告もあります。*1
はじめに
神経ブロックとは
神経伝達の通り道を一時的に遮断することで疼痛を感じなくさせます。ブロックした位置より肢端の感覚がなくなるため、跛行の原因となる疼痛部位を特定することが可能となります。
神経ブロックの投与部位と感覚消失部位のイメージ図
それぞれのブロックと対応する色の線よりも下肢部の感覚が一時的に消失します。
種子骨底部での掌側神経ブロック
掌側神経は、種子骨軸外側の領域で背側枝が分岐し、それより遠位は掌側指神経となります。
局所麻酔薬の作用時間
リポソーマル製剤の利点
“・標的とする組織に直接薬剤を届けるために開発された製剤。
・リン脂質の膜内に薬剤を容れることができ、親水性と疎水性のどちらの薬剤でも作成可能である。
・生体膜と同じ構造のためアレルギーの原因になりにくい。”
(リポソーム製剤とは?利点や欠点を元製薬メーカー社員が解説 論コレより 2021.01.22閲覧)
文献で明らかになったこと
リポソーマル製剤の投与部位と効果判定
局所麻酔薬であるブピバカインのリポソーマル製剤を、Abaxial(Basi-sesamoid)Palmer Blockの部位に投与した。ブピバカインとしての投与量は約0.11mg/kgであった。
痛覚の判定は、処置した肢の蹄球に対して圧迫する力をアルゴメーター*2で測定し、ベースラインとの比較を行った。
作用時間は延長できたか
投与後4時間まではベースラインよりも強い圧力で反応せず、痛覚消失が延長された。 投与局所の軽度腫脹が1頭でみられたが、24時間以内に消失した。
臨床的な応用
リポソーマル製剤を使うことで鎮痛時間を延長することができた。今後は適切な投与量を探る必要がある。
★先に引用した犬の文献では、投与量が5.3mg/kgでした。
馬において神経ブロックを行う際にブピバカイン製剤として投与する量は、一か所につき50mg:0.1mg/kg程度ですので、この実験とだいたい同じです。徐放的に作用することを考えれば、もう少し高用量で投与するほうがいいのかもしれません。このあたりは今後、リポソーマル製剤としての薬物動態(どのくらいの濃度で放出され続けるか)を調査する必要がありそうです。
引用文献
Am J Vet Res. 2020 May;81(5):400-405. doi: 10.2460/ajvr.81.5.400.
“要約
目的
馬の内側および外側掌側指神経周囲にブピバカインのリポソーマル製剤を投与し、その効果と持続時間を明らかにすること。
動物
9頭の跛行のない牝馬
方法
近位種子骨遠位部で内側および外側掌側指神経の周囲に、ブピバカインのリポソーマル製剤(13.3 mg/ml、だいたい0.11 mg/kg)または生理食塩水を2ml投与した。投与する肢はランダムに選んだ。21日後、対側肢に初回と異なる薬剤を投与した。それぞれの投与について、投与直前および投与後48時間でデジタルアルゴメーターを用いて機械的な受容反応の閾値を測定した。薬剤による閾値の平均をそれぞれの測定時間ごとに比較した。
結果
機械的受容閾値の平均は、投与後30分および4時間後においてブピバカインのリポソーマル製剤のほうが生食を投与したよりも大きかった。(つまりブピバカインのリポソーマル製剤を投与した方が脚の感覚が鈍くなっていた。)ブピバカインのリポソーマル製剤を投与後、1頭は投与局所に軽度の腫脹を認めたが、24時間以内に解消した。他に副作用は観察されなかった。
結論と臨床的関連性
本研究の結果から、ブピバカインのリポソーマル製剤は馬の神経麻酔を行うオプションのひとつとなることが示された。馬の掌側指神経ブロックに用いる際に、最適な投与量や効果が持続する期間をよりはっきりさせるには、さらなる研究が必要である。”