育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

球節の骨片骨折に対する非外科と外科的処置(Ramzanら2020)

背景とはじめに

球節背側の骨片は、前肢でP1背内側に最も発生しやすく、偶発所見の場合もあれば、関節腫脹や跛行を伴うこともあります。1回の大きな負荷もしくは慢性的な繰り返し負荷によるリモデリングから二次的に発生する可能性があります。

この骨片に対する治療は、外科的に摘出する方法とその成績が報告されています。一方で、内科的、保存的治療を行った場合の成績が報告されておらず、対照のない臨床データのみが集まっているという状態でした。

もちろん、外科的摘出は適切な治療法であり、骨片に起因する関節炎や二次的な骨関節炎および変形性関節症を回避できる可能性が高くなると考えることは合理的です。しかし、統計学的にこれを示した調査はありませんでした。

実際の臨床例では経済的な側面も考慮されるため、成績を比較することで、方針を決めるうえで重要な情報が得られる可能性があるため、この調査が行われました。

 

 

調査でわかったこと

実際にニューマーケットの馬病院でX線検査により骨片が見つかった2歳以上のサラブレッド競走馬について、その後の治療法を回顧的に調査して、外科と非外科処置群のグループに分けました。回顧的観察研究のため、治療選択のランダム化は当然ありません。

この調査では、まずベースラインとして初診時の検査を群間で比較しています。これによると跛行や屈曲痛といった症状は同じでした。骨片の大きさは外科手術を選択したことと関連していて、小さい骨片は9/51、中程度の骨片は7/29、大きな骨片は12/18で手術が行われていました。また、複数の骨片がある場合や関節に症状がある場合に手術が選択されていました。

術後のフォローアップ検査で、骨関節炎による変化が見られたのはほとんどが外科手術を行った馬でした。

競走復帰した割合には有意差はありませんでしたが、競走復帰までに要した期間は非外科治療のほうが短かったです。

 

*臨床症状があり骨片が大きいと手術が選択されやすいという想定通りの調査結果でした。フォローアップで骨関節炎所見が明らかだったのは外科治療の方が多いという結果でしたが、これは非外科処置のフォロー期間の短さや、臨床症状のないものも含まれたことが影響していそうです。

 

 

 

参考文献

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

背景

 競走馬において、球節背側の骨軟骨片に対して関節鏡手術は治療の選択肢となるが、この損傷に対する非外科的な管理に関するデータは公表されていない。

 

目的

 臨床所見、関節内投与に使用した薬剤および競走復帰について、球節背側の骨片に対して外科もしくは非外科的治療を行った群間で比較した。

 

研究デザイン

 2006-2014年の期間に行った回顧的観察研究

 

方法

 サラブレッド競走馬のX線検査を回顧的に調査し、球節背側の骨片骨折を同定した。医療記録から、臨床症状および関節内投与のデータを得た。オンラインで公開されているデータから競走成績を得た。

 

結果

 98頭の骨片骨折発症馬が確認され、70頭は非外科、28頭は外科的治療を行っていた。年齢は2-7歳で、中央値2歳であった。骨片骨折はほとんどが前肢92頭(93.9%)に発生し、獣医師により臨床的に意義のある骨片と判断されたのは85頭(86.7%)であった。外科的治療を選択した馬では関節に関連する問題が有意に多かった(P=0.002)が、追跡期間中に関節内投与を行った回数は外科と非外科に差はなかった(P-0.22)。骨折診断後の競走した割合は、非外科群で55頭/70頭(78.6%、95%信頼区間は69.0-88.2%)、外科群で24頭/28頭(85.7%、95%信頼区間は72.8-98.73%)であり、有意差はみられなかった。診断から出走までの期間は、非外科群で1-326日(中央値106日)、外科群で9-559日(中央値203日)であり、非外科群で有意に短かった(P=0.002)。

 

主な限界

 治療選択はランダム化や盲目にされておらず、外科的治療を行った馬の数が少ない。

 

結論

 本調査の結果は、エビデンスに基づいた競走馬における球節背側の骨片骨折の治療に役立つ。この損傷のなかには、非外科的な管理が妥当な選択しになりうることが示唆された。