育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

馬のプアパフォーマンス:整形外科以外の診断について(Ellisら2022) ②運動誘発性肺出血EIPH

プアパフォーマンス

馬におけるプアパフォーマンスの原因は様々です。まず思いつく原因として、整形外科的な疾患では関節炎や腱鞘炎、疲労骨折など疼痛や機械的な障害を伴うものがあります。ですが、他にも様々な呼吸器、循環器、消化器および筋肉の疾患があります。

 

まずは慎重な症状の聞き取りと身体検査が重要となります。ここで示す症状が呼吸器症状か、循環器症状か、歩様異常か、消化器症状かを大別します。そこからさらに詳しく分類し、それぞれ診断するための検査に進みます。

 

 

 

呼吸器症状の場合

運動誘発性肺出血(EIPH)

運動誘発性肺出血は、サラブレッド競走馬においてプアパフォーマンスの主な原因となります。

正確な病態形成の機序は不明で、肺胞内圧の上昇により肺胞壁と毛細血管が破綻することが原因の可能性があります。気道内の炎症疾患とは併発することがよくみられるものの、相互作用はよくわかっていません。

よくみられる症状は、高強度の運動直後の両側からみられる鼻出血です。実際の鼻出血発症率は少ないものの、内視鏡検査では出血が確認できることがあります。内視鏡検査では気管および気管支からの出血を確認し、グレード分類を行うことも重要です。

一度EIPHを発症すると、日本を含め出走を制限される地域もあります。しかしながら再発率は香港では13.5%と高いことが報告されており、治癒には時間がかかることが示唆されています。

 

 

参考文献

 

<症状>

運動誘発性肺出血(EIPH)は、特にサラブレッド競走馬においてプアパフォーマンスの主な原因となる。一方で、他の品種のバレルレース、平地競走、エンデュランスなどで行う競技馬にも影響する。EIPHは4段階のグレード分類がある。<G0:出血なし、G1:1つ以上の点状出血または2つ未満の線状出血が気管分岐部から見える、G2:1本の長い出血または2本以上の出血があり、気管全周の1/3を超えない、G3:気管の全周の1/3を超える複数の出血があり、胸部の気管に血だまりがない、G4:気管全周の90%を超える範囲で複数の出血があり、胸部気管に血だまりがある。>

G1以下のEIPHでは、G2以上の馬と比較して、4倍勝ちやすく、1.8倍3着以内に入りやすく、3倍獲得賞金の上位1割に入りやすい。EIPHの正確な病態形成はわかっていないが、気管内圧の上昇により二次的に肺胞が破れることが原因である可能性がある。病変はほとんどが背尾側の肺野にみられる。

 

EIPHの馬にける最もよくみられる症状は、運動パフォーマンスの低下と鼻出血である。EIPHによる鼻出血は、強調教の最中または直後にみられ、通常は両側で、運動終了後の数時間以内に止まる。馬におけるEIPH発症馬で鼻出血を伴う確率は低い。ある調査では鼻出血は出走当たり0.15%しか発生しないが、内視鏡検査では14-75%の競走馬で確認された。EIPHの他の症状は非特異的なもので、発咳、嚥下回数の増加がある。香港のサラブレッド競走馬における鼻出血の再発率は13.5%であったが、これらは初めての発症から1ヵ月は出走停止であったにもかかわらずである。このことから肺の病変は治りが遅いことが示唆された。

 

<診断>

運動に関連した鼻出血がない場合、内視鏡検査が適している。気管内視鏡は運動から1-2時間以内が最適であるが、気管支肺胞洗浄液(BALF)の細胞診を行う場合は強調教から数日から数週間でもよい。気管支肺胞内視鏡による気管および気管支内の出血があればEIPHの確定診断となる。EIPH診断においては、気管洗浄液およびBALFの赤血球およびヘモジデリン貪食マクロファージがあると、感度と特異度の高い診断となる。肺出血の証拠は出血から数週は持続する。いくつかの調査では、肺出血から少なくとも21日後までヘモジデリン貪食マクロファージがみられることが示されている。

BALFの細胞診では、EIPHと併発して軽度の気道内炎症の所見がみられることも珍しくない。しかし、気道内炎症がEIPH発症に続発するものなのか、馬の喘息がEIPHの病態形成に関わっているのかを明らかにするのは困難である。これらの相互作用はほとんどわかっていない。