育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

1歳時にEE切開を行った馬のその後の競走パフォーマンス(Curtissら2020)

喉頭蓋エントラップメントは、喉頭蓋下の組織によって喉頭蓋が覆われてしまう状態で、プアパフォーマンスおよび運動時の異常呼吸音を呈することがあります。

この疾患のサラブレッドにおける本当の所見率はよくわかっていないものの、1歳セリのレポジトリ内視鏡検査における有所見率は0.74-2.1%と報告されています。

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一方で、ケンタッキーにおける1歳時の内視鏡検査を調べた大規模な調査では、喉頭蓋エントラップメント症例はみられませんでした。

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この疾患に対しては、喉頭蓋下の組織を切開することで喉頭蓋軟骨を開放します。その術式には複数の方法があり、サラブレッド競走馬の成馬において治療成績が報告されています。

 

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これらの治療成績から、喉頭蓋エントラップメント症例において、喉頭蓋低形成、軟骨潰瘍および喉頭蓋を覆う組織の潰瘍および肥厚があることが予後に関連すると示唆されています。

 

 

文献情報

1歳時に喉頭蓋エントラップメントの所見が得られ、その後にすぐ手術を行った馬の競走成績を調査した結果が明らかにされています。

術後すぐのエントラップメント再発は切開後の重度の組織腫脹に関連して5頭で認められましたが、抗炎症薬の投与により改善しました。喉頭蓋軟骨の低形成は22頭で認められましたが、術後に軟口蓋背側変位(DDSP)を確認できた症例はごく少数でした。

母系兄弟を対照群として症例馬と競走成績を比較したところ、術後の出走率は70%で、対照との有意差は認められませんでした。また、競走パフォーマンスについても有意差はみられませんでした。喉頭蓋エントラップメントと右披裂軟骨麻痺が同時にみられた症例は7頭で、これらの所見を持つ馬は将来出走しないオッズが高いことが示されました。

以上のことから、1歳時に喉頭蓋エントラップメントが認められた症例に対して外科的に処置した場合、その所見を持たない母系兄弟と差のない割合が出走していました。ただし、喉頭蓋の低形成が明らかな症例が多く、術後の長期的な経過観察については記述されていないため、どの程度の割合でその後にDDSPを起こすのかは明らかになっていません。

 

参考文献

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

要約

背景

 喉頭蓋エントラップメントはサラブレッド1歳馬に発生しうるが、術後の競走成績はわかっていない。

 

目的

 1歳時に喉頭蓋エントラップメント(EE)を外科的に治療した馬の競走パフォーマンスを明らかにし、治療していない集団と比較すること。2つ目の目的は治療した馬が術後に出走しないリスク因子を同定することである。

 

研究デザイン

 回顧的コホート、症例対照研究

 

方法

 1989-2014年の医療記録と競走成績をEEに対して治療を行った66頭のサラブレット競走馬を回顧した。術前および術後の内視鏡検査における異常所見と外科的な手技を記録した。競走成績はEquineLineから記録した。治療した1歳サラブレッドと、その母系兄弟のうち2頭を処置していない対照群として用いて、コホート研究に用いた。治療した馬の術後に出走しないリスク因子を調査するため、症例対照研究を行った。4半期の出走数および獲得賞金を処置していない集団との比較に用いた。競走寿命の長さを評価するため生存解析を行った。競走レートと獲得賞金は、ポワソンと負の二項回帰解析をそれぞれ用いて群間比較した。臨床的な変数と術後に競走しなかったことの関連は、ロジスティック回帰解析を用いて評価した。

 

結果

  治療した馬は66頭おり、うち65頭は少なくとも1頭の母系兄弟がいた。出走した馬の割合は、治療群(70%)と兄弟の集団(70.8%)で同様であった。治療馬は治療しなかった馬と同様のパフォーマンスであった。治療群において、EEと右披裂軟骨の動きの異常は、競走しなかったことと関連があった(オッズ比15.40、95%信頼区間1.64-144.23、P=0.02)。EE症例は牝馬(47頭)のほうが牡馬(19頭)より多かった(P<0.001)。

 

主な限界

 長期間にわたる回顧的研究であり、単一の病院から得られた症例であること。多変量解析の結果には症例数が少ないことが影響している可能性がある。

 

結論

 1歳時にEEの治療を行ったサラブレット競走馬は、治療していない集団と比較してパフォーマンスの変数に差はなかった。EEと同時に右披裂軟骨の動きに異常があると、術後に競走するオッズは低くなる。