EIPHが馬に与える影響について、これまでに行われた調査をワーキンググループが精査してエビデンスを評価したものが公開されています。
臨床症状について
EIPHの診断のゴールドスタンダードは、内視鏡または気管洗浄液を用いて気道内の出血を検出することです。気道内の出血は様々な程度で発生し、それが症状と関連すると思われ、最も重度なものでは運動後の鼻出血として現れます。最もグレードの高いEIPHの症例ではキャリアの短縮と関係することが明らかにされています。
実際に明らかにされているデータからは、肺内の出血によるガス交換能力や乳酸代謝への影響はあるものの、エビデンスの質は低いとされています。
肺の病変はEIPH発症馬の一部において広範囲に肺血管高血圧で見られるのと同様の所見が見られることがわかっています。
年齢や競走歴の長さは発症と関連するとされ、長年の負荷の蓄積により病変が進行していくことが示唆されています。
EIPHが他の肺疾患を続発させる可能性は低く、遺伝との関連は疑われるもののエビデンスの質は非常に低いとされています。
北米の獣医大学の内科学の著名な先生が作成した運動誘発性肺出血EIPHについての合意声明がJVIMに掲載されています。これはOpen Accessで誰でも読むことができます。
1.EIPHが馬の福祉や健康に与える影響は何か
EIPHは臨床症状を呈するのか
関連する症状として、気道内の出血、プアパフォーマンス、鼻出血、X線や超音波検査での異常所見、咳、呼吸数増加、呼吸困難、行動変化がある。診断の精度は様々で十分に評価されていない。運動後の気道内の出血はEIPH診断のゴールドスタンダードである。
EIPHは咳と関連しないという非常に質の悪いエビデンスがあり、咳は気管洗浄液内のヘモジデリン貪食マクロファージの存在で診断されるEIPHの信頼できる症状ではない。
運動後の鼻出血はEIPHの一般的な症状だが、鼻出血は他の原因でもなりうる。しかし、3つの調査で肺からの出血以外の原因の証拠は同定されなかった。
EIPHの症例のなかには、背尾側の肺野に不透過性が示された。しかし多くは異常が検出されず、EIPHの病歴がない馬で顕著な異常が見られることもある。エビデンスの質は低いが、超音波検査で高感度だが特異度は低いことが示された。運動後の馬におけるEIPHの症状として、呼吸数増加、呼吸困難および行動の変化に関するエビデンスはない。
運動後の鼻出血を除き、EIPH症例に一貫した臨床的異常については非常に低い質のエビデンスしかない。
EIPHは血液ガス交換に影響するか
理論的には、動脈血ガス濃度や血中乳酸濃度はEIPHの影響を受ける可能性がある。4件のトレッドミルを用いた観察研究では、EIPHが激しい運動中の動脈血ガス濃度に影響するという非常に質の低いエビデンスが得られた。3件の前向き観察研究では、EIPHが乳酸濃度の上昇と関連するという質の低いエビデンスしか得られていない。
EIPHが運動中の動脈血酸素分圧に影響するという非常に質の低いエビデンスがある。乳酸濃度上昇とEIPHの関連には非常に低い質のエビデンスしかない。
EIPHは馬のキャリアを短くするのか
EIPHと競走キャリアの長さと質との関連は、EIPHの重症度マーカーとしての鼻出血またはEIPHのグレード分類を用いて評価できる。1つの研究では、EIPHのグレード4はオーストラリアにおけるサラブレッド競走馬の競走キャリアが短くなることと関連するという中程度の質のエビデンスを示していた。オーストラリアにおいて、鼻出血は競走引退と関連しているが、これが生物学的要因なのか管理の問題なのかは不明である。EIPHのグレード1−3はキャリアの短縮と関連しないという中程度の質のエビデンスがある。
鼻出血またはグレード4のEIPHはキャリアの短縮と関連し、EIPHグレード1−3とは関連しないという中程度の質のエビデンスがある。
EIPHは肺の炎症と関連しているか
EIPHの肺における炎症は最近の調査からは支持されていない。実験的には、自己血を気道内に1回投与すると、マクロファージの数が増加し、14日後には炎症が残ることなく血液が消失する。繰り返し血液が入っても、すぐに排除されEIPHに特徴的な病変を起こすことはない。EIPHの原因として気道内の炎症を支持する証拠は非常に弱い。激しい運動中、実験的に気道炎症が局所的に誘発された肺の領域では出血しやすくなるが、この炎症が自然に発生する症候群に果たす役割は不明である。大規模調査では、気道の炎症は目にみえる出血や気管洗浄液中のヘモジデロファージの両方によって定義されるEIPHと関連していたが、所見と最近の運動や競走との関連は考慮されていなかった。他の大規模野外調査では、EIPHスコア、気道炎症、咳、気管粘液スコアおよびEIPHのスコアの間には関連がなかった。
EIPHが肺実質または気道内炎症を起こすという根拠の質は低い。炎症がEIPHを起こすという証拠は非常に質が低い。
EIPHは肺に病変を起こすか
全世界で、繰り返しの運動に関連した鼻出血またはEIPHが原因で引退した馬には肺に病変が見られる。調教中の若い馬にも同様または程度の軽い病変が見られるが、確認が必要である。EIPHの病変は肉眼および顕微鏡で、肺の両側で尾背側によく見られる。病変は背側境界に沿って広がるが、頭腹側まで広がることはない。肉眼的な病変は、肺実質の硬化と胸膜面の褪色であるが、運動している肺では完全に萎んでいるわけではない。胸膜の変色は胸膜および縦隔の線維化および血管新生を伴うへモジデリンの集積の結果である。血管の病変は、小さな肺静脈の広範なリモデリングが含まれる。最も重度な病変では内腔が顕著に小さくなっている。血管リモデリング、へモジデリンおよび線維化の分布は肺の血管走行と同様である。最近運動した馬の肺を電顕で見ると、毛細血管内皮や基底膜の破綻や赤血球の間質および肺胞内への集積、間質の浮腫があり、これは高血圧による毛細血管ストレス障害と一致する。
EIPHの症例のなかには、広範に特徴的な肺病変があるという質の高いエビデンスがある。
EIPHは進行性の疾患か
競走馬のキャリアを通じてEIPHの発症率を追跡調査した研究はない。統計解析において出走回数などの交絡因子が考慮されていない場合、内視鏡検査で検出された EIPH が年齢と関連していることを示す低品質なエビデンスがある。しかし、出走回数を含めると年齢は EIPH のリスク因子ではない。同様に、交絡因子を考慮しない場合、年齢は鼻出血のリスク因子となるという中程度の質のエビデンスがある。競走寿命を解析に加えると、競走馬として活動した年数は有意なリスク因子となる(かなり不正確ではある)が、年齢はそうならなかった。
EIPHは進行性で競走負荷と関連しているという中程度の質のエビデンスがある。
EIPHは他の疾患の病態形成に寄与するか
EIPHと続発する感染症や非感染性の肺疾患の関連を調査した報告は確認できなかった。
EIPHが他の肺疾患の発症と関わるというエビデンスは見つからなかった。
EIPHは遺伝するか
EIPHはほぼ全ての馬に何らかの形で発生するため、発症の有無による表現型の差異は無く、EIPHが遺伝するかという問いはおそらく関係ないと思われる。サラブレッド競走馬において鼻出血は遺伝的特性であるという質の低いエビデンスがある。症例の同定が困難、EIPH以外による鼻出血を除外できない、血統を完全に特徴付けられない、算出された遺伝率は肺から鼻への通過に関わる因子であって、EIPHの重症度に影響するものではない可能性があることから、エビデンスは非常に低いと思われる。
EIPHの遺伝に関わるエビデンスについて公開されたものはない。血統と鼻出血の発生が関連するという非常に質の低いエビデンスはある。
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