育成馬臨床医のメモ帳

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馬の炎症性腸疾患【IBD】 これまでにわかっていること③ IBDの臨床的および診断的評価その1(Vitaleら2022)

IBD罹患馬の臨床的および診断的評価

 多くの臨床家によってIBDの明確な診断ガイドラインが腫脹されたが、筆者の意見では、臨床検査は段階的に進めていくべきで、侵襲の小さい検査から始め、侵襲の大きい検査に進むべきである。IBDは非特異的な臨床症状が特徴で、診断的検査のすべてで大きくバラついた結果がでるため、たいていは他の疾患やよくある原因を除外することで診断がなりたつ。

 以下にIBDが疑われる症例に対する診断のフローチャートを示し、これは侵襲が小さい順に並んでいる。

 

第1段階

①食事を確認する

 歯の異常、消化管寄生虫の関与を除外する

②身体検査(直腸検査を含む)

 皮膚の病変、腹部および四肢の浮腫を確認

③血液検査

 感染症、肝臓および腎臓の疾患を除外する。

 貧血 特にGEの症例で慢性的な疾患であり、造血にかかわる要素の吸収不全によって生じる

 低タンパク血症、低アルブミン血症はよくみられる

 肝酵素の上昇は、MEEDで肝臓に病変があるときにみられる

 

第2段階

①経腹部超音波検査

 小腸壁の肥厚がときどきみられる

 リンパ節腫脹がまれにみられる

 

②腹腔穿刺

 IBD症例ではたいてい正常の滲出液

 腹膜炎、腹腔内新生物または膿瘍があると腹水性状が変化する

 

第3段階

①吸収試験

 小腸のびまん性浸潤性疾患では、吸収が低下する

 

②非侵襲的な生検検体の病理組織学的検査

 炎症性細胞浸潤

 分節的な病態では有用ではない

 結果の解釈が標準化されていないことに限界がある

 

第4段階

腹腔鏡または開腹手術

 腸管の全層生検検体を得るために行う

 腹腔内腫瘤の存在を確定または除外するにも役立つ

 

経過と臨床症状

第1段階

 先に述べた通り、IBDの臨床症状は非特異的である、したがってまず他のよくある原因を除外する必要がある。

 IBDの最もよくある臨床症状は食欲良好にもかかわらず体重が減少することから、まずその馬の食事、歯および寄生虫負荷から調べる。ボディコンディションスコア(BCS)はIBD症例の初診の身体検査において重要な要素で、これは臨床症状を呈している期間と正の相関がある。つまり、重度の症例ではコンディションの低下が早く、早急に診断のため紹介する必要があることを示唆する。

 IBD症例では回帰性の軽度な疝痛歴があるが、急性の重度の疝痛で手術が必要になることもある。軽度な疝痛は、腸壁内への炎症細胞の浸潤および、カハール間質細胞が減少しているかもしれないことで運動性が変化しすることによりおこる。カハール間質細胞は、腸管平滑筋運動のペースメーカーとかんがえられ、IBD症例の腸管神経叢において有意な減少が発見されている。より重度の疝痛は、大結腸内の過剰な炭水化物の異常な発酵によるという仮説がある。炭水化物は通常であれば小腸で吸収されるが、細胞浸潤の影響で腸管内に残り、結腸にまで達して、そこで腸内細菌が発酵することで過剰なガス産生がおきた。過剰なガスは痙攣による疝痛または大結腸の変位や捻転へと進行する。局所的な病変をもつ症例では、それより近位で通過障害がおき、中程度から重度の疝痛がみられる。さらに、治療をうけず病変が長期でみられると、漿膜面の変化が進行し、果ては腹膜炎をおこすことがわかっている。

 IBD症例では下痢がみられることもあり、この疾患が慢性的な性質をもつことによるのだが、下痢を呈する症例では慢性的または間欠的に症状がみられる。糞便の硬さはさまざまで、水様からやや硬いまであるが、なかには慢性的な下痢だけど、間欠的に正常便がみられる期間もある。馬の大結腸は水の再吸収能力は高いため、腸の炎症がある程度あっても正常便が出る可能性がある。

 

身体検査

 ほとんどの症例において身体検査は正常に見える。疼痛の程度に関連して心拍数の増加はあり、軽度の脱水のみ見られる。IBD症例では体温上昇はまれな所見である。

 腹部や四肢の浮腫は、この疾患でよく見られる低タンパク血症に関連している。 したがって注意深く評価し、血液検査に進む。

 IBDのなかでも、MEEDやGEは皮膚病変と関連しているため、皮膚や被毛の評価をすべきで、後肢の尾側の脱毛は、慢性的で間欠的な下痢に関連した皮膚の炎症によるものである可能性がある。

 

血液検査

 血液生化学、血液学的検査により、感染症や肝臓、腎臓および心臓などのボディコンディション低下の原因となる慢性的な異常の関与を除外する助けとなる。IBD症例では、血液検査が全く正常なこともあるが、低タンパク血症や低アルブミン血症がより頻繁にみられ、グロブリン濃度は減少、正常、増加のどれもありうる。消化管以外にも、タンパク質は腎臓から失われ、間質液に集積することもある。したがって、尿検査や胸腹部の超音波検査で胸水や腹水を除外することは初めに評価しておくべきである。IBD症例では、低タンパク血症の主要な原因は腸管内への過剰なタンパク喪失である。このタンパク喪失のメカニズムは、消化管粘膜の潰瘍と血清成分の漏出、リンパ管の通過障害、細胞間隙への受動的拡散、細胞内喪失、毛細血管や細静脈の血管透過性亢進および細胞代謝の変化が関わっている。

 貧血はGE症例でよくみられるが、他の型のIBDでもみられることがあり、慢性疾患や造血に関わる栄養素の吸収不全との関連が疑われる。IBD症例において、たいてい白血球数は正常範囲内だが、好中球減少もしくは増多が報告されてきた。

 肝酵素濃度が上昇する症例もいるが、特にMEEDの症例で肝臓実質に好酸球浸潤がおよぶ場合にみられる。

 

 

 

参考文献

Inflammatory bowel diseases in horses: What do we know?

V. Vitale

Equine Veterinary Education 2022 34(9) 493-500

https://beva.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/eve.13537