育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

馬の炎症性腸疾患【IBD】 これまでにわかっていること④ 治療、予後、結論(Vitaleら2022)

治療

治療の目的は、馬が抗原になりうる食べ物、寄生虫および環境要因に暴露されることを少なくすることである。

犬では、治療法が標準化されていて、治療の最初の一歩は食事の変更であり、タンパク質や炭水化物の供給源もしくは市販されている加水分解されたタンパク質を含む食事についての変更である。さらなる治療を追加する前に、14日間はこの食事制限を厳守する。しかし、馬では、食事について明確な指針はなく、治療初期に指導する程度である。消化と吸収をよくするためには、消化しやすく高線維な食事を、少量で頻度を多く与えるのがよい。炭水化物を与えることなく十分なエネルギーを供給するためにコーン油を追加してもよい。馬における研究で食事管理とIBDの発症には関連がある可能性が示唆されている。しかし、このことを正確に指摘した報告はない。IBD症例でグルテン感受性の腸疾患が発見され、このタイプの消化管疾患の治療や制御における食事の重要性が強調された。

駆虫と駆虫の間で通常に集積するような低いレベルの消化管寄生虫でも、炎症の引き金になりうる。したがって、IBD症例ではより頻繁な駆虫薬投与が提唱される。しかし、どの薬を用いるべきか、どれくらいの頻度と期間で投与すべきかの共通認識はない。さらにいえば、駆虫薬投与をするときの大事な側面は、広い耐性が獲得されることへの懸念である。

コルチコステロイドはIBDと診断された症例において治療の選択肢となる。通常、長期的で漸減投与で、吸収不全があるため初期は経口以外の投与を行う。馬においてはIBDの診断や治療のあらゆる側面で類似していて、治療の用量や期間についての特定の指針はない。治療は徐々に減らし、反応や副作用に合わせて調整する。馬へのコルチコステロイド全身投与は、副腎の抑制や機能不全、蹄葉炎、肝炎、筋肉削痩、骨代謝の変化、感染が起きやすいなど、いくつかの副作用との関連がある。

 

過去に報告または提案されたIBDの治療薬

メトロニダゾール

抗菌、抗炎症作用(Klackら2009)

 

ヒドロキシウレア(尿素)

ヒトで好酸球増多症候群の症例に抗がん剤として用いられている

馬ではMEEDに対する治療が提案されている(Bosselerら2013)

 

スルファサラジン

ヒトのクローン病の治療で結腸特異的なプロドラッグとして用いられる

確定診断のつかなかった慢性下痢の馬1症例で奏功したとの報告がある(Valleら2013)

 

シクロスポリン、アザチオプリン、クロラムブチル、ミコフェノール酸

犬のIBD症例で用いられる免疫抑制剤であるが、馬では調査されていない

 

プロバイオティクス

ヒトや小動物の様々な消化管疾患で用いられているが、馬では一定の成果は得られていない。

 

多価不飽和脂肪酸(PUFA)サプリ

ヒトや犬のIBD症例で用いられ、アラキドン酸から作られる炎症前駆物質のエイコサノイドを減少させ、抗炎症作用を持つエイコサノイドを増やす。馬では調査されていない。

 

糞便細菌叢移植

ヒトでクロストリジウムディフィシル感染症でのみ使用が認可されている。近年は小動物、反芻獣、馬でも関心が集まっている。

 

 

結論として、消化管の解剖や生理の違いから、ヒトや他の動物種のデータを馬に外挿することは難しい。しかし、査読を受けた調査はないが、多くの臨床家は独自の治療プロトコルを組んで、逸話的に成功した記録が残っている。馬への明確なガイドラインを策定するには、より体系的な調査が必要である。

 

予後

20世紀の終わりまでは、内科療法に対する反応は極めて悪かったが、最近の調査では、予後はfair~moderateで、3年間の生存率は65%であった。この違いは、疾患がまだ軽度の段階で迅速に診断することで治療が可能になり、これが予後を改善した理由である。疾患が局所的であれば、病変部の外科的切除をすれば治療できるが、病変部位を切除することなく手動で減圧して復帰した例もある。

生存に関連するマーカーについては、Metcalfeらが食欲良好にもかかわらず体重減少する馬についての調査で、低タンパク血症と非生存の関連を報告している。しかしながら、Kaikkonenらの調査では、低アルブミン血症は非生存のリスク因子にはならず、その代わり、キシロース吸収試験で濃度のピーク値が低いと予後が良くないことと関連することを示唆する結果となった。

さらにいえば、文献や様々な診断結果の報告では頭数が少ないことを考慮すると、生存や非生存にかかわる因子も、実は交絡要因で本当の関連ではないのかもしれない。実際に、完全な吸収障害と病理組織学的変化といった重度の異常を認めた症例では、以前は少なくとも予後に希望は持てないことが多く、オーナーが安楽死を選択する可能性が高かった。

ここ数年ではIBD症例の馬の長期生存の予後は全体として改善してきているが、特定の予後因子はなく、それぞれの症例について血液検査、腹部超音波検査、生検検体の病理組織学的検査を徹底しなければならない。初期治療に対する反応は良好または不良な予後の因子と解釈することができる。

 

結論

IBDは一般的な用語で、複数の異なる原因や病態生理をもつ異なる疾患の集合である。IBDが疑われる症例の命名法、精密診断、食事、治療および管理についてのコンセンサスを得る必要がある。

 

 

参考文献

Inflammatory bowel diseases in horses: What do we know?

V. Vitale

Equine Veterinary Education 2022 34(9) 493-500

https://beva.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/eve.13537