馬の炎症性腸疾患【IBD】は、腸管にさまざまな炎症細胞が集積する病態の総称です。
主となる細胞や炎症がおよんでいる部位などから、いくつかの病型に分類されます。主なものは、リンパ球ー形質細胞性腸炎(LPE)、肉芽腫性腸炎(GE)、全身性好酸球性上皮親和性疾患(MEED)、び慢性好酸球性腸炎(DEE)、特発性限局性好酸球性腸炎(IFEE)が挙げられます。
これらに共通して見られる臨床症状は、吸収異常による体重減少や下痢、浮腫、回帰性の疝痛などがあります。血液検査では低タンパク血症、低アルブミン血症が多く見られ、慢性的な病態では貧血が見られるほか、病態形成部位によっては肝酵素の上昇を伴うこともあります。
しかしながら生前に確定診断を得ることは大変困難で、腸管の全層生検が必須となりますが、侵襲の大きい手術となるため患者を選びます。また、び慢性の腸疾患を除き、病変部の腸管を採取することが必要で、直腸や十二指腸の検体では診断がつかないことも多くあります。
多くは臨床症状、血液検査および超音波検査所見をもとに感染性疾患や寄生虫性疾患を除外するとともにIBDの推定診断をつけ、治療をスタートします。
治療法として標準化され、有効とされているものは残念ながら未だかつて存在せず、試行錯誤を繰り返しているところです。そのうちの一つの調査報告を以下に紹介します。
IBDと推定診断した症例に対して駆虫薬とコルチコステロイドを投与し良好な成績を得た症例報告
材料と方法
対象
フィンランド、ヘルシンキの馬病院において、2004-2005年に来院した症例についての回顧的調査。直近12カ月で2回以上の疝痛発症歴があり、適切な飼養管理をしているにも関わらず体重が減少した2歳以上の馬を対象とし、急性の疝痛や開腹手術した馬を除外した。
診断
詳細な経過の聞き取り、身体検査、血液検査、直腸検査および生検、腹水および尿検査、虫卵検査、胸腹部の超音波およびX線検査、胃および十二指腸内視鏡検査、D-キシロース吸収試験をおこなった。
注:D-キシロース吸収試験
腸内での消化を必要としない単糖類であるD-キシロースを経口投与し、その血中濃度または尿中濃度を測定することで、腸管における糖質の吸収能力を評価する試験である。
一方でグルコース負荷試験は、グルコース代謝がインスリンの調節を受けるため、吸収だけでなく代謝も評価できる。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscc1971b/2/3/2_276/_pdf/-char/ja
検査結果で低タンパク血症(5.4 mg/dL未満)、低アルブミン血症(2.8 mg/dL未満)、キシロースの最大血中濃度が1.33 mmol/L未満、超音波検査での小腸壁の肥厚(4 mm以上)、直腸粘膜生検でIBDを示唆する所見、のうち2つ以上を満たす馬を組み入れた。
治療方法
駆虫:フェンベンダゾール10 mg/kg(Axilur)を5日間連続投与、6日目にイベルメクチン0.2 mg/kgとプラジカンテル1.0 mg/kgの合剤(Equimax)を投与
コルチコステロイド:プレドニゾロン1 mg/kg PO SIDを初日から約3週間後の再診まで連続投与
3週間後に再診して、症状の改善がみられたら徐々にステロイドを減量して終了。改善なければデキサメタゾン0.1 mg/kg PO SIDに切り替えて同様に継続投与。治療終了後3,6カ月で電話聞き取りにより調査、3年間は国内のデータベースにより生存を調査した。
結果
組み入れた20頭の主訴は回帰性の疝痛が5頭、体重減少が9頭、回帰性の疝痛と体重減少が6頭であった。
診断
直腸生検の結果は、生存した馬の5/13、生存しなかった馬の3/7で異常がみられた。腸壁の肥厚は生存馬の6/13、死亡馬の4/7でみられた。キシロースの血中濃度の基準値以下は生存馬で8/13、死亡馬で6/7でみられた。これらは統計学的有意差はなかった。キシロースの血中濃度平均は生存群で高かった。浮遊法での虫卵検査は全ての馬で陰性であった。IBDの推定診断は、経過、臨床症状、各種診断結果に基づくが、特に直腸粘膜生検の病理組織学的変化に特に比重がおかれた。
治療と追跡調査
3週間後の再診までに臨床所見や臨床病理学的検査結果に5頭で満足な改善が見られず投薬を変更した。
20頭中7頭で3年の追跡調査を行い、1頭を除きもともとの疾患である回帰性の疝痛や体重減少に関連して死亡した。3頭の初期治療に対する反応は良好であったが、4頭は悪かった。3年生存率は初期治療に良好に反応した馬(12/15)の方が反応しなかった馬(1/5)よりも高かった。死亡した5頭は剖検され、IBDの推定診断が確定された。キシロースの血中濃度のピークはタンパクとグロブリンの血中濃度と相関があったが、アルブミンとは相関しなかった。
考察
IBDの推定診断を受けた馬に対して、駆虫薬とコルチコステロイドの治療を3週間行なって治療反応を見ることは、治療成績の有用な予後指標となる。65%の馬が少なくとも3年は生存し、本調査におけるこの疾患の長期的な予後はfair~moderateであった。これまでの調査ではコルチコステロイドへの反応は乏しいとされたが、それらとは対照的であった。これには症例の選抜と定義および駆虫薬による治療が役立っている可能性があり、考察していく。
浮遊法による糞便検査は陰性だったにもかかわらず、駆虫を行なった。被嚢した小円中は検出できないし、幼虫のステージが多いと寄生虫の量を過小評価してしまう。さらに言えば、IBDの病態形成の引き金を引くのは内部寄生虫であるとの仮説も建てられてきた。したがってIBDが疑われる症例で内部寄生虫に対する治療を行うことは理にかなっている。本調査の行われた地域ではフェンベンダゾールに対する耐性は判明しておらず、前述した投与方法は被嚢した小円虫にも有効であるため選択した。
本調査に参加した病院は二次診療施設で、症例数は幅広い臨床スペクトラムを反映していて、症例の大部分は事実上ファーストオピニオンの症例である。過去の症例より成績が良好なのはファーストオピニオンの症例が占めているからかもしれない。同様にほとんどの症例はIBDと推定診断され、過去に確定診断された症例より病変が重度でなかった。以前の調査報告では真の紹介症例だったが、本調査での症例は治療に反応しやすいものに偏っていたかもしれない。コルチコステロイドよりも幼虫を駆虫するための治療により反応した症例がいた可能性がある。全ての症例は適切な駆虫歴があり、糞便検査でも寄生虫の負荷は見られなかったことから、内部寄生虫が主要な要素である可能性は低い。しかし、前述したように特に小円虫症もあるから寄生虫の関与は除外できない。
IBDの定義は広く、低グレードの小円虫症など他の疾患を意図せず含んでいる可能性があることはわかっている。しかし、寄生虫症の除外をし、確定診断を得るのは限界があるが、現場で見られる体重減少や回帰性の疝痛が実際の症状を正確に反映していると考える。これにより、本調査の結果は臨床現場に応用できると主張する。初期治療に対する反応が長期生存の予測となることは特に重要で、臨床に直接関与する。IBD診断の明確なガイドラインを作成することは今後の前向き研究のため組み入れ基準を策定する上で有益となるだろう。
本調査の結果から、回帰性の疝痛と体重減少の診断にD -キシロース吸収試験を用いることは支持され、吸収不全は生存に関わる唯一の臨床病理学的予後因子である。重要なことは、馬の食事はキシロースの濃度曲線に影響し、高エネルギーの食事を与えられていた馬はピーク濃度が低くなる。加えて、長時間の絶食(72−96時間)でもキシロース濃度のピークが低くなることも、この試験結果を解釈するときに考慮すべきである。本調査の症例は高エネルギー食も絶食もなかった。したがって今回の結果には影響していない。
キシロース濃度のピークはアルブミンとは相関せず、グロブリンとは相関した。アルブミン合成はグロブリンよりも時間がかかるため、吸収不全の症例では低アルブミンとなるという先行文献とは一致しない。この推測は、原因不明の体重減少を呈した馬において、低タンパクと低アルブミンの両方が低ガンマグロブリンではなく非生存と関連していた最近の研究により支持されている。症例数が少ないことは限界だが、本調査では生存するかの差を検出する力は血清タンパク、アルブミン、グロブリン濃度でそれぞれ49.1%、12.1%、62.6%であった。本調査においてタイプ2エラーの起きるリスクは比較的高い。生存ー非生存の差はタンパク質濃度に傾向があり、近年の調査と一致したが、グロブリン濃度はこれまでに報告がなかった。結果の解釈には注意を要するが、確固たる結論を出すには注意が必要である。
興味深いことに、過去の調査で低アルブミン血症は非生存のリスク因子とされたが、本調査のデータからこのことは支持されなかった。この不一致の理由はすぐにはわからない。本調査と過去の調査で慢性胃腸疾患の結果を報告したものがあるが小頭数という限界があった。頭数が少ないとタイプ1と2の両方のリスクが増加し、検定力も下がる。したがって、血清アルブミンと本調査の成績との関連を見つけることができず、過去に報告された関連は、それぞれタイプ1または2の統計学的エラーによるものである可能性がある。このことを考慮すると、確固たる結論を出す前に臨床病理学的パラメータと成績の関係をさらに調査するためのより大規模な前向き臨床研究をすべきである。しかし、本調査と過去の報告の結果を合わせると、血清タンパク質が最も一貫した臨床病理学的予後指標と思われる。
直腸生検における病理組織学的変化は症例の半分以下で検出されたが、所見がある場合、その後の剖検で確認された直腸粘膜組織所見と一致した。このことは、体重減少と回帰性の疝痛の症例の診断的評価に有用である。
結論
IBDと推定診断した馬の長期的生存の予後はfair~moderateであった。駆虫薬とコルチコステロイドによる治療の初期反応は有用な予後指標で、吸収試験でキシロースの血中濃度ピークが低いことは予後が良くないことと関連していて、この検査が有用であることを示唆する。
参考文献
背景
食欲良好で十分な飼養管理をしているにもかかわらず、回帰性の疝痛と説明のつかない体重減少は馬では一般的に見られる病態である。しかし、体系的な診断評価や治療に対する反応、予後因子、成績および症状について公開された情報はほとんどない。本調査の目的は、1)潜在的な予後因子を明らかにすること、2)IBDと推定診断した様々な馬にコルチコステロイドを用いた短期および長期成績を報告すること。
方法
回帰性の疝痛既往歴と説明のつかない体重減少を呈した馬36頭を詳細な臨床、臨床病理、画像診断を行なった。20頭のIBDと一致する所見を持つ馬を選別した。基準は低タンパク血症、低アルブミン血症、吸収異常、超音波検査で小腸壁の肥厚、直腸生検で病理組織学的変化のうち1つ以上を満たすものとした。これらの20頭は標準的な幼虫を殺す駆虫計画および最低3週間のコルチコステロイドによる治療を行なった。
結果
75%(15/20頭)は初期治療に良好な反応を示した。3年生存率は65%(13/20頭)であった。初期の治療反応が良好であった馬の3年生存率(12/15頭)は、初期治療に反応しなかった馬の3年生存率(1/5頭)より有意に高かった(P=0.031)。キシロース濃度の最高値は生存しなかった馬(0.94±0.36 mol/L)と比較して生存した馬(1.36±0.44 mmol/L)の方が高かった(P=0.048) 。
結論
IBDと推定診断した馬の長期生存の予後はfair~moderateであり、駆虫薬およびコルチコステロイドによる治療に対する初期反応は有用な予後指標となりうる。本調査の所見は吸収試験においてキシロース濃度のピークが低いことは予後がよくないことと関連していて、このことはこの試験が有用であることを示唆する。