育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

大腿骨内側顆の軟骨下骨嚢胞に対する治療オプションと長期成績に関するレビュー(Santschiら2021)

大腿骨内側顆の骨嚢胞は跛行とパフォーマンスの低下を引き起こす、若い競走馬に多く見られる疾患であり、育成初期に発症することが多く、育成牧場ではよく問題になります。

この疾患に対してはこれまで様々な治療方法が試みられており、報告されてきた成績をまとめ、さらに近年よく行われるようになってきた通顆スクリュー法による治療成績と比較したレビューの文献を紹介します。

 

1982年にJeffcottとKoldによって報告された成績は、6ヶ月の休養後にリハビリを行うというものでした。50%は運動復帰しましたが、競走したのは18%しかおらず、追跡調査を行なってもX線画像上で骨嚢胞が治癒した症例はいませんでした。

このことから、競走馬の成績やパフォーマンスに与える影響が大きく、セリのレポジトリ検査でも注目される所見となっていきました。

 

その後、1987年にLewisが関節鏡による骨嚢胞の搔爬術を報告しました。症例の集団に競走馬は多くなかったものの、61%は競走することができました。このあとに続けて骨嚢胞の搔爬術が報告されていて、いずれも60−70%の出走率で、成績は大きく改善されました。

一方で、骨嚢胞のサイズについては搔爬術後に拡大する症例がいくつか報告され、手術の性質からも嚢胞を治癒する目的ではないことから、新たな方法が考案されることとなります。

 

嚢胞へのステロイド投与はWallisらによって2008年に報告され、競走馬において良好な成績が得られましたが、追跡調査期間で嚢胞が縮小した症例は7頭/22頭とあまり多くありませんでした。

 

他にも2012年にはOrtvedらにより、生物学的製剤として搔爬術を行なった後、その部位に軟骨細胞を移植する試みも報告されました。こちらは競走馬でのデータはないものの、59%の症例で嚢胞病変が縮小しました。

 

そして今回の調査で紹介されている新たな治療法の通顆スクリューにより13頭すべての症例で術後4ヶ月までに骨嚢胞の50%以上が埋まり、77%の出走率が報告されました。今後、大腿骨骨嚢胞のより良い治療選択の一つになると期待されています。

 

参考文献

Treatment options and long-term outcomes of horses with subchondral lucencies of the medial femoral condyle

https://beva.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/eve.13338

 

要約

 馬における大腿骨内側顆の軟骨下骨嚢胞は跛行及びパフォーマンス障害を起こしうる。大腿骨内側顆の骨嚢胞に対する治療はこの40年間で進歩し、当初は休養のみだったが、嚢胞への投薬や外科的な処置まで行われるように変化してきた。大腿骨内側顆の骨嚢胞は18ヶ月齢までに形成され、パフォーマンスやセリへの期待から治療選択が左右される。このような背景から、すべての骨嚢胞に単一の治療プランが当てはまることはない。さらなる課題は長期的なパフォーマンスのデータである。長期的な追跡は難しく、それは馬の移動やセリ後の機密保持に関わる問題、馬主が見つかりその協力を得ることが難しいことが原因である。このレビューでは大腿骨内側顆の治療報告に記載されている競走成績に関する情報について回顧し、通顆スクリュー法を用いた13頭の長期成績を報告する。通顆スクリュー法で治療した馬は、他の治療方法と同等の出走率で、競走キャリアは長くなり、この手技を用いて治療することを支持する結果であった。