馬の体重減少はよくみられ、栄養や歯科の問題または寄生虫が関与していることが多いです。体重減少のメカニズムはざっくり分類すると、栄養の利用、消化および吸収能力の減退や栄養が十分に使えないこと、栄養の喪失および要求量が増加することが挙げられます。十分な量と質の食事を完全に摂取できているにも関わらず、体重の減少が続く場合、診断はより困難なものとなります。
よく食べるのにも関わらず体重が減少する馬についての診断的手技はこれまでにいくつかレビューされていて、回顧的な調査により合理的な方法を確立しようとしたものもあるが、臨床例を客観的に報告したものはほとんどなく、罹患率、関連するもの、リスク因子および予後予測因子についての情報は不足しています。
この調査では記述的疫学的解析を行い、紹介来院した症例群のなかで臨床病理学的所見と臨床診断および最終的な成績の関係を記述し、予後指標を同定することを目的に生存と非生存馬のデータを比較するために回顧的調査を行いました。
ダブリン大学病院に来院した1歳以上の体重減少を主訴とした馬を対象に調査。
検討した要素は以下の通り
発症時期、来院時期、症状の持続期間、環境、オーナーの所有期間、馬の運動用途、経過などの詳細事項、BCS(ボディコンディションスコア)、便の性状、総タンパクおよびアルブミン濃度、FEC(糞中虫卵数)、グルコース負荷試験、腹腔穿刺、腹部超音波、直腸生検および組織診断
季節は春夏秋冬、飼養形態は放牧か舎飼い、所有期間は1年未満かそれ以上か、運動は強度、中程度、なし、発症から来院までの期間は1ヶ月未満、1から3ヶ月、3から12月、12ヶ月以上、年齢は7歳未満、7から11歳、11歳以上など分類された。
10年間に来院した7312頭の馬を調査し、40頭がこの条件に当てはまって調査に組み入れた。多くの症例は長い干し草や追加の濃厚飼料を与えられていて、飼養環境は放牧も舎飼いも同じくらいであった。サラブレッドの競走馬もいれば、運動していないポニーも含まれた。
来診時の検査所見として、BCSはほとんどの馬で記録されていて、これは品種、タンパクおよびアルブミン濃度および症状の持続期間と正の相関が見られた。総タンパク濃度の低下は11頭であったが、アルブミン濃度の低下は23頭で見られた。生存馬では総タンパクおよびアルブミン濃度は有意に高かった。これはログランク解析でも明らかであった。
虫卵検査は22頭で行われ、7頭で円虫卵、1頭で条虫卵が検出された。検査にはマックマスター法が用いられた。
直腸検査は30頭で行われ、骨盤曲の便秘(1頭)、腫瘤(3頭)、ガスで膨張した盲腸(1頭)は触れたが、25頭は所見なしであった。腹腔穿刺は27頭で行われ、5頭は検体得られず、18頭は正常、4頭は異常な細胞数であった。
グルコース投与試験は20頭で行われ、11頭が正常、9頭が吸収異常であった。
腹部超音波検査では、小腸壁の肥厚(3頭)、小腸壁の蠕動過剰(1頭)、腹水増量(6頭)、腹腔内腫瘤(3頭)が見られた。
胃内視鏡検査では胃潰瘍または過角化が8頭、馬胃虫の幼虫が2頭で見られた。
胃内視鏡下での十二指腸生検は18頭中9頭で行われたが、異常はなかった。一方で直腸生検は22頭で行われ、18頭で異常な細胞浸潤が見られた。
確定診断は24頭/40頭で得られたが、そのうち9頭は死後の検査で明らかとなった。病名は炎症性腸疾患が13頭、小腸リンパ肉腫が4頭、盲腸鼓腸が1頭、呼吸器疾患が3頭、PPIDが1頭、異常行動stereotypic behaviorが1頭、脾臓膿瘍が1頭であった。特発性としたのは16頭であった。
10頭は安楽死となり、うち9頭はそのまま大学で剖検した。長期生存の追跡調査は、1年以上の調査は23頭で可能で、診断に基づいた治療方針を決めて指導し、18頭が長期生存した。
来院時期と症状の持続期間から考えると、夏に発症して冬に来院していることが多い。青草をたくさん食べられる時期には様子を見てしまいがちなのかもしれない。発症から来院まで大体3ヶ月くらいかかっているが、これが後の成績に関連しているわけではなく、あくまでも原因が何かによって変わってくると思われる。
多くの症例は二次診療施設に来院するまでに詳しい検査を受けておらず、とりあえず抗生剤を投与されていることが多かった。食欲があるのに体重減少するのは何も感染症だけが原因ではなく、体系立った診断方法があるので、その診断にしたがって治療を開始する方がよい。
BCSは病態を把握するのに大変有用であるが、品種や運動状況によってスコアがかなりばらついてしまうことがこの調査でもわかった。今後この点については考慮する必要があるかもしれない。
低アルブミン血症は症例の半数以上で見られ、これは予後に関連している因子であることが示唆された。低タンパク血症は28%でしか見られなかったが、これはグロブリンなどを含んでいるからかもしれない。アルブミンの代謝は人の医療でも予後因子となっており、病態の重症度や慢性化の指標として有用かもしれない。実際に低アルブミン血症が見られた21頭のうち、長期予後で生存しなかったのは14頭であった。さらに、低タンパクと低アルブミンの両方を示した症例は全て生存しなかった。
十二指腸生検では全て病理組織学的な異常は見られなかったものの、その症例の直腸生検では8/9で異常が見られた。十二指腸生検は内視鏡の機械ポートから行うため、腸粘膜の採取できる深さや広さが限定的になってしまうことが、病変を拾えない原因となっている可能性がある。
本調査において、食欲があるけど体重が増えない馬の主な原因は、栄養吸収障害を起こすIBDやリンパ腫、または栄養を引っ張られる慢性炎症とわかったが、一方で特発性のものも4割を占めた。まだまだ確定診断がつかない症例が多く、特に寄生虫に関する症状を評価するのは減少ではさらに困難である。
具体的な診断とその後の治療指導の例として
IBD症例(10頭):コルチコステロイド9頭、駆虫薬4頭、食事やサプリの変更5頭
特発性症例(15頭):コルチコステロイド9頭、駆虫薬9頭、食事やサプリの変更2頭、NSAIDs2頭、抗菌薬3頭
が処方または指導された。
参考文献
研究を実施した理由
馬の臨床医にとって食欲良好にもかかわらず体重減少する症例はよく出会う診断困難なケースである。しかし、客観的な調査報告や、リスク因子および予後指標について記載された情報はほとんどない。
目的
食欲良好にもかかわらず体重減少する馬の記述的疫学的解析を行うこと、リスク因子や予後指標を明らかにするため、経過や臨床病理学的所見および最終的な結果(生存と非生存)の関連を評価すること。
方法
食欲良好にもかかわらず体重が減少するために紹介来院した馬の医療記録を回顧的に調査した。集積したデータは経過、症例の詳細、臨床及び診断所見、診断と成績であった。単変量解析は、連続変数はMann-WhitneyのU検定、カテゴリ変数と2項データはFisherの正確確率検定、連続変数はピアソンの順位相関解析を行い、P≦0.05を有意水準とした。
結果
40症例が組入基準に合致した。来診時の総タンパクおよびアルブミン濃度は、生存群の方が高かった。総タンパクとアルブミン濃度は成績と正の相関があった。低タンパク血症(P=0.008, odds ratio(OR)=12, 95% confidence interval(CI)= 1.99-72.4)および低アルブミン血症(P=0.0009, OR=28, 95%CI=2.94-266.6)の馬は非生存のオッズが高かった。ボディコンディションスコアは、来診時の総タンパク(R^2=0.16; P=0.05)およびアルブミン濃度(r^2=0.53; P<0.0001)や臨床症状の出ている期間(r^2=0.53; P=0.03)と正の相関があった。
結論
低タンパク血症や低アルブミン血症の重症度は非生存と関連があった。ボディコンディションスコアとアルブミン濃度は生存の予後指標として使える可能性がある。
潜在的関連性
本調査の所見から、食欲良好にもかかわらず体重減少する馬の臨床病理学的評価に加えて、ボディコンディションスコアを評価することの重要性が強調された。