育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

サラブレッド1歳馬におけるOCD好発部位の超音波スクリーニング検査のプロトコル(Hoeyら2022)

レポジトリ、プレレポジトリが普及している昨今ですが、X線検査には被ばくがつきものであることは忘れてはいけません。

日本の一般的な競走馬のセリで提出されるレポジトリのX線検査画像の枚数は球節16枚(4方向×4肢)、腕節6枚(3方向×2肢)、飛節6枚(3方向×2肢)、後膝8枚(4方向×2肢)の合計36枚です。*後膝は任意提出

すべての画像を診断価値のあるものにするためには、当然ですが撮り直しが発生することもありますので、1頭あたりの撮影枚数はなかなか多いです。サマーセールでは1500頭ほど上場するわけで、レポジトリの撮影期間を考えると、必然的に1日10頭撮影することもあります。

被ばく線量をできるだけ抑えることは、獣医師にとっても牧場にとっても馬にとっても大事なことです。

 

セリの情報開示の一環としてのレポジトリは仕方ないとして、せめて牧場でのスクリーニング目的の検査であれば代替を考えるのはどうか、というのが今回紹介する文献の調査が行われた背景の一部です。さらに言えば、若馬に多い骨軟骨症(いわゆるOCD)は軟骨内骨化の異常であり、X線検査では軟骨は写らず評価できないのに対して、超音波検査では関節軟骨が描出でき、病態の評価に優れていることがわかっています。関節面のスクリーニング検査を行うための検査手技は確立されておらず、検査者だのみになっていたため、再現性と信頼性の確保も併せて検討されました。

 

材料と方法

検査対象は22頭の臨床症状のないサラブレッド(平均314日齢)でした。腕節、球節、飛節、後膝について各関節ごとのプロトコルを設定しました。鎮静はデトミジン+ブトルファノール+アセプロマジンを用いました。検査時間は15−58分でしたが、慣れれば15−35分で済みました。(臨床経験2.5年の先生で初回45分、2回目39分。検査者は全て最も難しいのは飛節だったと回答)毛刈りをしなくても温めたアルコールで十分に濡らせば検査可能でした。

 

関節ごとの検査プロトコル

1.腕節

関節の近位-遠位方向で3枚(ⅰ,ⅱ,ⅲ)、内外方向で2枚(ⅳ,ⅴ)記録する

ⅰ 橈側手根伸筋を中心に、腕節中央で橈骨中手関節、中間手根骨、手根中央関節、第3手根骨中央、手根中手関節、近位中手骨

ⅱ 橈側手根伸筋から内側にずらして、橈側手根骨、第3手根骨の橈側面、近位第2中手骨

ⅲ 橈側手根伸筋から外側にずらして、尺側手根骨、第4手根骨、近位第4中手骨

ⅳ 橈骨手根関節の内側から外側に骨表面を追う

ⅴ 手根中央関節と手根中手関節の外側から内側に骨表面を追う

 

2.球節

関節の背側面で近位-遠位方向で3枚(ⅰ,ⅱ,ⅲ)、内外方向で1枚(ⅳ)、掌側/底側の近位-遠位方向で2枚(ⅴ,ⅵ)、屈曲した状態で掌側・底側の正中(ⅶ)、背側正中(ⅷ)、中手指節関節横断(ⅸ)

ⅰ Mc3/Mt3矢状稜の近位背側正中から始めて、軟骨と骨の辺縁をなぞる。矢状稜の遠位〜Mc3/Mt3とP1の関節面

ⅱ Mc3/Mt3矢状稜の近位背側正中から外側にずらして遠位へなぞる。外側顆全体を評価

ⅲ Mc3/Mt3矢状稜の近位背側正中から内側にずらして遠位へなぞる。内側顆全体を評価

ⅳ 球節内外方向の断面で、内側から外側になぞる。Mc/Mt3の顆やP1背側関節面の辺縁を評価

ⅴ 外側繋靱帯脚部〜種子骨〜P1掌側突起まで追う。縦断と横断どちらも

ⅵ ⅴと同様に内側を検査

ⅶ 脚を持ち上げて球節を軽く屈曲させた状態で掌側正中に当てて種子骨軸側面および種子骨間靭帯を評価。種子骨間靭帯越しにMc3掌側正中を評価。そこから遠位になぞってP1近位掌側を描出。

ⅷ 球節屈曲させたまま、Mc3背側正中から当てて、Mc3矢状稜を評価。矢状稜とP1背側面を評価

ⅸ 屈曲したままでMc3遠位の関節面に合わせる。内側から始めて、Mc3矢状稜、P1背側縁、球節の背側を評価

 

3.後膝

膝蓋骨を中心に関節の背側面で内側と外側の滑車、顆、半月板を近位-遠位方向と内外方向で評価(ⅰ〜ⅳ)、膝関節を屈曲した状態で内側と外側の滑車から顆までを評価(ⅴ,ⅵ)

ⅰ 膝蓋骨の頭外側面と大腿骨外側滑車が映るように、さらに遠位に向かって滑車を評価

ⅱ 膝蓋骨の頭内側面と大腿骨内側滑車が映るように、さらに遠位に向かって滑車を追う

ⅲ 大腿脛骨関節の内側での横方向の断面からスタートして、少し近位に振って大腿骨内側顆の辺縁と関節包を描出。さらに頭側に振って、内側顆と内側滑車を評価。これで滑車の全体が含まれていなかった場合は、さらに近位側にプローブを当てて追加検査を行う

ⅳ 大腿骨外側顆の伸筋窩の外側からスタート。遠位頭側におよそ2cm移動、プローブを45度傾けて近位頭側-遠位尾側方向にして当てると、外側の半月板がクリアに写せて、外側顆や脛骨外側顆も評価できる。内側・頭側方向に移動すると、外側滑車まで見える

ⅴ 脚を持ち上げて保定(検査する脚の球節を台の上に乗せても良い)。大腿骨遠位内側で内側滑車の近位辺縁からスタートして、滑車から内側顆まで評価

ⅵ ⅴと同様に、外側滑車から外側顆まで評価、遠位側では、近位尾側方向に傾けることによって顆の表面を可能な限り評価

 

4.飛節

近位-遠位方向で3枚、内外方向で2枚

ⅰ 脛骨正中で第3腓腹筋腱を見つけ、遠位に移動すると脛骨中間稜が見える。距骨の滑車の向きによってプローブの角度を調整し、中間稜全体を評価

ⅱ 正中から外側にずらし、距骨外側滑車を評価

ⅲ 正中から内側にずらし、距骨内側滑車を評価

ⅳ プローブを90度回転し、下腿足根関節の内側で、脛骨内果と距骨内側滑車の関節面に合わせる。わずかに近位内側-遠位外側にプローブを傾けると関節面の接地がうまく出せる。ここから内側に向けて順に内側滑車、中間稜、外側滑車を評価。少し近位側にプローブを振るとより中間稜の辺縁が評価できる。

ⅴ 遠位底側に移動して、第4足根骨の底側結節へ。ここから内側に向かって移動しながら近位側根間関節、遠位側根間関節、足根中足関節を評価

 

◎引用元の文献では、関節ごとに番号とイメージ図が添付されていますので、より理解しやすいです。

参考文献

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

背景

 骨軟骨症は若い馬によく見られる疾患で、軟骨内骨化の障害が起きていて、形成されやすい部位がある。病変をX線検査でスクリーニングすると推定される所見率は33−44%である。X線検査には2つの主要な限界があり、軟骨病変の検出感度が低いことと馬も人も被曝してしまうことである。超音波検査は関節軟骨や軟骨下骨辺縁の描出が可能で、骨軟骨症の検出感度が高い。しかし、関節の評価を行うための超音波検査手技は検査者に依存していて、検査のばらつきが大きくなり、したがってスクリーニングテストとして用いるには信頼性と再現性に影響がある。

 

結果

 前向き、観察、臨床例についての研究を行い、22頭の臨床上異常のない離乳馬を牧場で検査した。牧場で各関節ごとのプロトコルで、骨軟骨症がよく見られる腕節、球節、後膝、飛節をスクリーニングできた。

 

結論

 検査手技は2人の臨床獣医師によって行われ、プロトコルの再現性が検証された。このステップバイステップなプロトコルは価値があり、信頼性があり、再現性がある、現場でできる超音波検査によるスクリーニングの方法である。