育成馬臨床医のメモ帳

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馬の消化管生検:採材、診断、適応症(Hostetterら2022)

慢性消化管疾患の診断ツールとして消化管の生検が必須ですが、犬や猫では確立された手技があるものの、馬では生検についての情報が限られています。

したがって著者らのグループはこれまでに発表されてきた研究のレビューを行い、馬での消化管生検手技についての情報を整理し、病理医にとって難解な病理組織診断について集積し、IBDをはじめとする慢性炎症性疾患の特徴を明らかにすることを目的としました。

まず症例の経過を詳細に聞き取り、適切に評価する必要があります。病態の慢性度や重篤度、鑑別診断、それまでの治療は診断に影響を与える可能性があります。検査では経過に加えて直腸検査所見、血液検査、尿検査なども重要です。虫卵検査や駆虫状況も重要で、寄生虫症とIBDの症状には共通するものがあります。体重減少や下痢がある場合は原因探索を行います。

消化管疾患と関連する検査所見として、①低タンパク、低アルブミン、②超音波検査における小腸壁の肥厚、③グルコースまたはDキシロースの吸収異常が挙げられます。

消化管生検の方法には一般的に2つあり、一つは内視鏡、もう一つは手術です。内視鏡生検は胃、十二指腸、直腸、遠位結腸に適用できますが、粘膜または浅い層の粘膜下組織までの採材に止まります。一方で手術による生検は侵襲が高くなるものの、全ての器官から全層生検が可能となります。内視鏡下生検で十分な検体を採取するには手技が難しく、サンプルに病変部が含まれていない可能性があります。手術は主に開腹手術で行われますが、ケン部切開または腹腔鏡でも行うことができ、全身麻酔関連のリスクを回避することが可能となります。直腸生検はIBDでは有用とされますが、病変が見つかる割合は調査によってばらつきが大きく、扱いには注意が必要です。

内視鏡で採材したサンプルについては特に取り扱いには注意が必要で、サンプルの数や質についてよく記録しておく必要があります。また、包埋にも注意が必要で、容易に分離してしまい、診断できなくなります。

消化管生検検体を評価するときの最も大きな限界は、サンプルの質です。ゴールドスタンダードは、十分な深さをとり、処理によるアーティファクトがなく、絨毛と腸陰窩のユニットが複数含まれて評価できるものである必要があります。どこの構造にどの細胞がどれくらい浸潤しているかが重要で、それゆえ検体の病理組織が完全であることが何よりも重要となります。

細胞浸潤のみで判断するわけではなく、消化管の構造的な変化を併せて評価する必要があります。犬や猫には診断ガイドラインがありますが、馬ではまだ確立されていません。

構造的な変化について、注目すべき項目は絨毛、乳糜管、腸陰窩、繊維組織、杯細胞、上皮です。絨毛の頂点から腸陰窩の基部まで徹底的に評価します。粘膜固有層および粘膜下組織を体系的に評価していきます。この部分の変化と細胞浸潤はIBDの慢性度や重症度によって異なります。先に挙げた項目ごとに特徴的な変化が見られます。

診断において、病理組織診断のみで行うことはなく、必ず臨床症状や検査所見と組み合わせて判断されます。

肉芽腫性腸炎ではマクロファージの浸潤が特徴で、粘膜固有層や粘膜下組織に類上皮細胞が見られます。構造変化もよく見られ、小腸では絨毛が退縮し平坦な上皮で覆われますが、腸陰窩では過形成が見られることがあります。

好酸球性の小腸の炎症は、消化管寄生虫または全身性多発性上皮好性好酸球症(MEED)または特発性好酸球性腸炎で見られます。特発性はより局所的であり、好酸球性大腸炎ではさまざまな炎症細胞が粘膜固有層に浸潤します。MEEDは全身性で他の器官にも好酸球が浸潤します。マクロファージやリンパ球も同時に浸潤し、好酸球性肉芽腫が形成されることもあります。

リンパ球浸潤は多くの慢性炎症性疾患に共通する所見で、肉芽腫、好酸球性腸炎、小円虫症及びリンパ腫で見られます。特発性リンパ球形質細胞性腸炎は稀な疾患でさまざまな程度のリンパ球形質細胞浸潤が報告されているが症例数が少なく、さらなる調査が必要です。

 

消化管生検の評価は、適切な経過の評価とサンプルの質、標準的な組織切片の評価に基づいて有用となります。病理組織は構造的な変化と炎症細胞浸潤の部位と割合をもとに判断します。IBDを含む慢性炎症性疾患については、馬においてより明確な定義をする必要があります。

 

参考文献

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

消化管の生検は複数の段階を踏んだプロセスがあり、適切な経過の聞き取り、サンプルの質の決定、組織切片の評価を含む。消化管の病理組織検査と組み合わせて、腸管の病変部位を特定するのに役立つ可能性のある診断パラメータは、低タンパク血症、低アルブミン血症、超音波検査での小腸壁の肥厚、グルコースまたはDキシロース吸収試験がある。生検は内視鏡、腹腔鏡またはケン部切開によって得られる。消化管の切片は体系的なアプローチで評価すべきで、構造の変化や細胞浸潤を評価する。犬や猫では消化管生検の評価方法が確立されているが、馬では標準的な方法がまだない。病理医にとって消化管生検にはいくつかの課題があり、特に内視鏡下の生検検体は質と方向が大きくばらつくことである。構造の変化は評価すべき最も重要な変化である。慢性的な消化管の炎症がある症例、例えば特発性炎症性腸疾患(IBD)では、よく見られる細胞のタイプはマクロファージ、好酸球、リンパ球および形質細胞である。数の増えている細胞は大まかに軽度、中程度、重度に分類される。特発性のIBDでは浸潤している細胞によって分類され、肉芽腫性腸炎、好酸球性腸炎、リンパ球形質細胞性腸炎に分類されるが、これらの顕微鏡学的変化についての方法は限られている。残念ながら、顕微鏡学的な消化管病変はたいてい非特異的で、病因の特定にはさらなる調査が必要である。