糞便移植は、ヒトのX大腸炎(Clostridioides difficile腸炎)などの重篤な腸炎や腸内細菌叢の著しく変化した症例に対しての効果が報告され、馬に対しても試験的な投与が行われてきました。反芻獣である牛においてはルーメンジュースの移植はより一般的な治療になりつつあります。
「良い腸内細菌」の定義は難しいのですが、ざっくり言うと馬にとって良い細菌が良好なバランスで含まれ、細菌種がある程度多様であることが良いとされています。
良好な細菌叢を持つと思われる馬から腸内細菌を移植するために、糞便から抽出した細菌を含むジュースを投与します。この細菌を抽出するうえで糞中の食渣など不要な有機物を除去する過程がありますが、標準化された方法は確立されておらず、ヒトの方法をそのまま転用しているのが現状です。
具体的には、ドナーから得た菌を生きた状態でレシピエントの腸内に届けられるのか、が最も大きな懸念となります。糞便ジュースを作る過程で酸素に触れることにより死滅する細菌もいることがわかっていて、これが細菌叢の多様性に影響する可能性があります。
今回は、今のところ一般的に行われている糞便の処理による糞中細菌叢への影響が調べられました。課題であった生きた細菌の評価については、定量的PCRとPMA処理を組み合わせることで、生きた細菌のDNAの定量が行われました。
特定の病原体フリーで直近の投薬歴もないドナーを選定し、直腸内の糞便1kgを採取しました。この後、1kgの糞を300gずつに分け、300gの糞便に対してぬるい水道水を注ぎました。ぬるま湯で撹拌、密閉せず30分静置、ザルによる濾過を行なった糞便ジュースについて、それぞれの検体を16sリボソームRNAのプロファイリングおよび定量的PCRで評価しました。
菌のα多様性は処理前と処理の各段階を比較して差はありませんでした。
β多様性についてはクラスタリング解析で統計学的な有意差はあったものの、各段階のペア解析では有意差はみられませんでした。
生菌量を評価するための定量PCRの結果、各サンプルで菌の生存性に差はありませんでした。
これらの結果から、現状行われている糞便移植のドナー糞便処理方法では、菌の多様性や生存性は保たれている可能性が示唆されました。
参考文献
ウマの腸内異常(ディスバイオーシス)に対する治療法として、糞便微生物移植(FMT)は長年経験的に用いられてきたが、科学的根拠に基づいた情報は限られていた。本研究は、FMTにおいて一般的に使用されている前処理方法が、糞便濾過液中の細菌組成および生存性に与える影響をin vitroで評価した。
3つの新鮮なウマ糞便サンプルを、次の4段階(T0〜T3)で処理した。T0:処理前の新鮮な糞便、T1:ぬるま湯とブレンダーで混合、T2:30分間ふたをせず放置、T3:ふるいを通して濾過(最終的な糞便濾過液)。全てのサンプルは処理前までは4℃で保存した。
各段階でサンプルを採取し、生菌を選別するためにPMA処理と16S rDNAアンプリコン解析を行った。α多様性(種の豊かさ)やβ多様性(群集構造)、主要細菌群の比較、および定量PCRによる生菌量の測定を行い、統計的解析した。濾過後の最終サンプル(T3)は、元の糞便(T0)と比較して生菌の総量や多様性に有意差は見られなかった。ただし、一部のマイナーな細菌属(Fibrobacter、WCHB1-41_ge、Akkermansia)に関しては、相対的な存在量に有意差が認められた。
結論として、この前処理プロトコルは、主要な腸内細菌群の生存性を保持できる可能性があることが示唆された。