馬の腸炎は非常に重要で致命的な疾患の一つであり、致死率は25−35%と報告されています。健康な馬と腸炎症例馬の腸内細菌叢を比較すると、健康な馬の方がα多様性が大きいことがわかっています。α多様性が大きいと言うことは菌の種類が多く、偏りが少ないことを指します。細菌叢の特定の菌が過剰・減少・消失することをディスバイオーシス(dysbiosis)と呼び、腸炎との関連が明らかとなってきています。
ディスバイオーシス改善のため、健康な馬から腸内細菌を移植するための糞便移植が考案され、馬においても試行錯誤が続いている状態です。移植された糞便による細菌叢の変化と臨床的な腸炎の改善について調査した報告を紹介します。
2つの病院で治療した腸炎症例について、1病院では標準治療+糞便移植、もう1病院では標準治療のみを行いました。糞便移植は3日間連続で投与されました。さらに、どちらの地域でも近くの牧場から健康な馬の糞便を採取して細菌叢を評価し、地域による違いを考慮しました。細菌叢の評価には16SリボソームRNAシーケンスを用いて解析しました。
治療効果については、臨床症状、マイクロバイオーム、下痢スコアの推移で比較しました。
<臨床症状>
便移植を行った馬では下痢スコアの改善は早かったものの、最終的なスコアは標準治療との間に差はありませんでした。これは糞便移植を行った馬の方がより重度の症状を示していたことが原因と推測されていました。
<マイクロバイオーム>
糞便移植を行った馬では、健康な馬の細菌叢にUniFrac距離が近くなり、正常に近づいたことが示されました。また、下痢の重症度がひどいほど、α多様性が低いことがわかりました。
<病因と治療>
どちらの群でも大腸炎の原因は馬コロナウイルスやネオリケッチアなど類似していました。標準治療の方は抗菌薬の投与が多く行われ、これによる細菌叢の撹乱が起きた可能性が考えられました。病因による細菌叢の違いが大きい(β多様性が高い)ことが示されました。
設定した2群の比較で糞便移植による上記の変化が示されたものの、対照として設定した病院は、異なる地域、異なる飼養管理、投薬内容の違いなどの影響が排除できない点が限界でした。また、今回は投与から4日間のみの評価でしたが、より長期的な細菌叢の評価を行うことで、効果について詳細に明らかにできる可能性があります。
参考文献
背景と目的
馬の腸炎に対して下痢を解消するための手段として実験的に糞便移植が行われている。この調査の目的は糞便移植が腸炎で入院中の馬において臨床的な治療法や糞便の細菌を変化させるか評価することであった。
方法
22頭の中程度から重度の下痢で腸炎と診断され、2つの二次診療施設で治療された馬を組み入れた(L1:12頭、L2:10頭)。L1では3日連続で糞便移植を行い、L2では糞便移植を行わなかった。L1では糞便移植4日間連続で直腸から糞便を採取した。L2では臨床的に健康な対照馬として糞便を、L1に近い地域の5厩舎から30頭の健康な馬から糞便を採取して、その地域の健康な馬の細菌叢の特徴を明らかにした。すべての糞便細菌叢は16Sアンプリコンシークエンスで解析した。
結果と結論
予期された通り、二つの地域の健康な馬では、腸炎症例と比較して大きなα多様性と小さなβ多様性が示された。健康な馬の糞便細菌叢は地域でクラスター分けされていて、L1の馬ではKiritimatiella属の率が高かった。どちらの病院の馬においても、糞便の硬さは改善され(下痢のスコアが低くなった)、これはα多様性の大きさと関連していた。糞便移植のレシピエントは全体として糞便移植をしなかった馬と比較して大きく下痢のスコアが改善した(中央値4+ー3)、日毎の改善傾向の頻度も、糞便移植馬で22/36、非移植馬で10/28と高かった。健康な対照馬と比較して、症例馬の細菌叢は糞便移植を受けた馬の方が非移植馬と比較してUniFrac距離が小さく、糞便移植を受けた馬の細菌叢はより正常化されていたことを示唆した。