サラブレッド競走馬において、聴診で聞こえる心雑音は比較的よくある所見であることがわかっています。そして心雑音はフィットネスレベルの高い馬においてもよく聴取されることがわかっていて、競走能力に影響するのかどうかを評価することが非常に難しくなっています。
今回紹介するのは、若いサラブレッドを中心に、年齢と調教が弁逆流による雑音にどのように影響するかを調査した研究です。
ニューマーケットで調教されていた2歳馬について、9ヶ月の調教後には僧帽弁逆流と三尖弁逆流による逆流のどちらも聴取される率が高くなり、調教が所見率に与える影響はあると推察されました。同じ調教師が管理する馬について調べたところ、年齢による有所見率の違いはありませんでした。2歳および3歳に比べて4歳以上の馬の頭数が少なく、年齢による影響がないと結論づけられないこと、4歳以上の馬が少ない原因として、弁逆流症の影響でパフォーマンスが減退していたことを理由に引退してしまった可能性を排除できないことが挙げられていました。
参考文献
この研究の調査は3つのパートに分かれていました。
調査1
ニューマーケットの2人の調教師に所属する、競走馬としてのトレーニングを始める前の2歳馬85頭について聴診による雑音の調査を行なった。聴診の7日以内に体重測定を行なった。その後は週6日の調教を継続し、9ヶ月後にフルフィットネスの状態となった55頭に対して、トレーニング開始前と同様に聴診を行なった。
調教開始前には僧帽弁逆流(MR)が4頭(7.3%)、三尖弁逆流(TR)が7頭(12.7%)、大動脈弁逆流(AoR)が0頭であったのに対し、9ヶ月の調教後にはMR12頭(21.8%)、TR14頭(25.5%)、AoR1頭(2%)にそれぞれ増加した。MRとTRについて、有所見率および雑音のグレードは、調教前後で有意差があった。
調査2
レースフィットネスに達した競走馬56頭(2歳25頭、3歳23頭、4歳5頭、5歳5頭)について、年齢とトレーニングに関連した心雑音の有所見率に違いはあるか調査した。
頭数の多かった2歳馬ではTRが11頭(44%)、MRが6頭(24%)、3歳馬ではTRが4頭(17%)、MRが2頭(8%)であったが、統計学的有意差はなかった。TRのある馬ではTRのない馬と比較して馬体重が有意に重かった。性別による雑音の所見率に差はなかったものの、馬体重はオスの方がメスより平均で30kg重かった。
調査3
2人の調教師が管理する馬からランダムに選んだ、レースフィットネスの整った35頭について、聴診の結果を知らない状態で心エコー検査を行った。
心エコーでは、聴診で聴取されなかったAoRおよび肺動脈弁逆流が8頭と7頭で見つかった。聴診と心エコーの結果を照合すると、TRについては聴診による特異度は100%、感度は68%で、陽性的中率は100%、陰性的中率は65%であった。MRについては、特異度100%、感度44%で、陽性的中率100%、陰性的中率84%であった。
ブリストル大学での調査では、サラブレッド平地競走馬における弁逆流症の所見率は低く、年齢とトレーニングしている期間の長さが関連すると考察されていましたが、今回の調査結果とは一致しませんでした。一方でマカオでの調査では28%の競走馬で雑音が聴取されており、同様の所見率となっていました。これらの違いは聴診する人や環境といった因子や、トレーニングに関わる様々な交絡要員が関連している可能性があると考えられます。
心エコーによる診断と比較すると、聴診による弁逆流からくる雑音の診断は、特異度は非常に高いものの感度は低いことが示されました。逆流が重度で雑音が大きいほど診断されやすく、人でも同様の結果が報告されています。今回の調査では雑音の大きさと逆流の上昇度との関連は調査されませんでした。しかし、トレーニングが弁逆流症の有意な所見率の増加と関連することを示していると考えられました。
この調査では2歳馬の調教後の変化を得ることができましたが、調教していない対照群を置くことができなかったことは制限がありました。過去の報告ではトレーニングが弁逆流症と関連していて、それは心臓の遠心性肥大が原因と考察されていましたが、これは筆者のもう一つの文献に示した結果からも支持される内容でした。その調査では、早い調教を課すと、心臓の適応として左心室の拡大が起き、僧帽弁の弁輪が大きくなってしまうことで逆流が起きやすくなる、と考えられました。人と同様に右心室の大きさを定量することは難しいですが、右心室でも同様の変化が起きていると推察されます。人では肺高血圧が三尖弁逆流の潜在的な原因となることが多いです。運動中には肺高血圧となっていることは想像されますが、馬でのデータはまだありません。人では聴診で雑音が聞こえない三尖弁逆流は多いですが、馬では運動中の肺高血圧により右心室の拡張が起きること、胸部の反響により聞こえやすいことが原因かもしれません。
大動脈弁逆流は若い馬では稀で、調教によって進行する可能性があるものの、エコーで診断できるが聴診では聞こえないものが大きことも改めて示されました。
頭数が少ないという限界はあるものの、同じ調教場で同じように管理されているフィットネスレベルの高い馬において年齢による雑音所見率の違いはありませんでした。しかし言い換えると逆流により何らかのパフォーマンス減退があれば引退してしまうため、年齢の真の影響は明らかにならないかもしれません。人では加齢により心エコー検査上での逆流の所見率は上昇することが知られています。
TRは性別ではなく体重との関連が示唆されたのは初めてのことですが、これについてはより多頭数の検証を行う必要がありそうです。
ニューマーケットのAnimal Health Trustからは素晴らしい調査がたくさん報告されてきました。残念ながら現在は閉鎖され、ここで研修することは叶いませんでした。
しかしながら、著者であるL. Young先生にはお会いすることができ、非常に貴重な学びの機会を得ることができました。
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