育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

馬における心音聴診所見についてのサーベイ(Pattersonら1993)

馬の心臓は非常に優秀なポンプ機能を持っていることが知られ、サラブレッドなど高い運動能力を発揮するために重要な役割を果たしています。

一方で馬の心雑音や不整脈は一般的にみられる所見であり、その臨床的な影響については十分に評価することができていないのが現状です。

古い調査ではありますが、トレーニングを積んでいる馬における心雑音や不整脈について大規模な調査が行われ、1993年に英国ブリストル大学から発表されました。

 

参考文献

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

この調査では平地競走、ナショナルハント、馬術競技や一般的な乗馬に使われている、サラブレッド、温血種、コブ、アラブ、ポニーを含む様々な馬545頭について、聴診によるサーベイが行われました。

 

まず聴診所見による定義は以下の通りとされ、調査した集団の一部(20頭)では心エコー検査による照合が行われました。

機能的な雑音:心基底部を最強点とする駆出性雑音、高ピッチな拡張早期の雑音および収縮早期のゴロゴロ雑音

僧帽弁逆流(MR):僧帽弁領域を最強点とした、全収縮期または汎収縮期のプラトータイプの雑音および収縮中期から後期にプラトーもしくはクレッシェンドタイプの雑音

三尖弁逆流(TR):三尖弁領域を最強点とした、全収縮期または汎収縮期プラトータイプ雑音。雑音の大きさはさまざまで、なかには背側へ向かう逆流もある。

大動脈弁逆流(AR):心基底部を最強点とした、全拡張期デクレッシェンドタイプ雑音。雑音の大きさはさまざまで、たいてい左心尖部に向かう逆流。

心室中隔欠損(VSD):右側胸骨辺縁(三尖弁よりも腹側)を最強点とした、汎収縮期プラトータイプ雑音。一部の症例では左心基部でも聴取できる。前胸部のスリルも一般的な所見。

 

雑音は全体の68%(372/545)で聴取されました。MRに相当する雑音は19頭、TRに相当する雑音は49頭、ARに相当する雑音は12頭で聴取されました。一方で、機能性の雑音と思われる、駆出性雑音は左側で270頭、右側で46頭で聴取され、高ピッチな拡張早期の雑音は左側で82頭、右側で72頭で聴取されました。

なかでもTRは運動用途別のグループ間で有意な差が認められました。現役のナショナルハント競走馬(16.5%)は平地競走(4.8%)や一般的な乗馬(3.2%)よりも高い有所見率でした。拡張早期雑音や収縮早期雑音については競走馬のほうが乗馬よりも高い所見率を示しました。

年齢別の比較では、拡張早期の雑音は年齢が若い馬で高い有所見率を示しました。

2度房室ブロックについては、ナショナルハント競走馬で最も所見率が高く(28%)なりましたが、年齢の影響を除外すると平地競走馬との差はないこともわかりました。

 

左側で収縮早期の小さな雑音が聴取された馬は約半数の49.5%でしたが、これは運動している馬には一般的なもので、特に競走馬では多く聴取されうると考えられています。皮膚が薄いために聴取されやすいと思われますが、その由来についてはまだ不確かです。

収縮期の駆出性雑音については、他の動物種に比べて馬では一般的であり、収縮早期の高速血流に由来すると考えられます。圧勾配の変化がなく動脈の狭窄と関連しているわけではなく、生理的な雑音とみなされます。

拡張早期の雑音は機能的なものと思われ、競走馬で多く聴取されました。拡張期に流入する高速血流によるものと考えられていて、若齢競走馬によくみられました。

収縮期前の逆流についてはごく少数でみられ、通常機能的であることが多いですが、僧帽弁狭窄でもおきうることが知られ、聴診では区別不可能です。多くの正常馬でも左心房への流入はエコーで確認されます。

TRの所見率はナショナルハント競走馬で高かったのが非常に興味深く、年齢別のグループでは差がありませんでした。実はナショナルハント競走馬でTRを主訴に来院する馬が多いことがこのサーベイを行うきっかけでした。

プアパフォーマンスを主訴に来院する馬の多くはTRを持っていますが、その原因や影響についてはわかっていません。弁疾患からくる逆流とそれによる容量過負荷はパフォーマンスに影響すると思われますが、聴診のみでは判断できません。TRの原因は不明で、ごく小さな病変による弁輪拡張や乳頭筋機能異常が挙げられますが、完全には説明できていません。

 

ヒト医療では僧帽弁や大動脈弁に比べて、三尖弁の疾患はまれであり、肺高血圧に関連したTRが多く見られます。馬において最も多い肺高血圧の原因は左心不全によるうっ血で、たいていはMRに由来します。より重度なMRが聴取されることがほとんどです。

トレーニングの効果についてはヒトで調べられていて、エンデュランス的なトレーニングをすると拡張期左心室断面積の増加(遠心性肥大)が、ウェイトリフティングのようなトレーニングをすると求心性肥大がおきることがわかっています。馬でも同じようにトレーニングで遠心性肥大がおきて弁輪拡大が起きる可能性はありますが、エコーで右心室の広さを評価することは困難です。また、ヒトの優秀なアスリートでは聴診で聞こえないTRがエコーでみられることも分かっていますが、これが生理的なのか病的なのかは断言できません。

平地競走馬におけるTRは少ないことから、トレーニングのみの影響とはいえません。しかし、この集団はナショナルハントと比べて体が小さく、若くてトレーニング期間が長くありません。異なるヤードのナショナルハントどうし、平地競走馬どうしを比較して所見率に差はなかったことから、管理の問題ではなく、真に所見率が異なることが示されました。

 

TRはナショナルハント競走馬で比較的よくみられる所見ですが、プアパフォーマンス検査で偶発的に見つかる所見でもあります。トレーニングのどの段階からみられるようになるのか、罹患馬がどのような経過を辿るのかについてこれから調査できれば、その病因がわかるかもしれません。