育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

ヨーロッパ馬内科医による成馬の胃潰瘍症候群についての合同声明⑥(Sykesら 2015年)

馬の胃潰瘍は、その一連の検査所見や症状から、馬胃潰瘍症候群EGUS:Equine Gastic Ulcer Syndromeと呼ばれるようになってきました。

ヨーロッパの大学の馬内科医による成馬の馬胃潰瘍症候群EGUSに関する合同声明が2015年に発表されていますので、これについて少しずつ書いていきます。

なお、Pubmed、JVIMから全文を読むことができますのでリンクよりご確認ください。

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

“臨床症状

プアパフォーマンス

 EGUSがプアパフォーマンスを起こしうるかは非常に重要なことだが、驚くべきことに、これまでにプアパフォーマンスとEGUSの存在の関連を調査した研究はほとんどない。前述した臨床症状はパフォーマンスに間接的な影響がある可能性がある。たとえば食欲減退や調教を中断することなどが挙げられる。しかし、臨床症状がなく、胃潰瘍自体がパフォーマンスに与える影響には疑問が残る。

 胃潰瘍がパフォーマンスに影響するメカニズムは解明されていないが、胃痛を直接的な原因とするパフォーマンス減退が提言されている。胃の無腺部にできるびらんや潰瘍は、優秀なヒトのアスリートでよくみられる胸やけや胃食道逆流症GERDと同様である。ヒトでは、アスリートの58%が運動強度の増加によって、運動中に上部消化管痛を訴える。さらに、ヒトのランナーでは、GERDがあると、ないヒトと比較して消耗するまでの時間が優位に短くなった。

 これまでに、競走馬において胃潰瘍があることとパフォーマンスの相関を調べた研究はわずかしかない。パフォーマンスの指標には、調教師の期待度を代替値として用いたり、傾斜付きのトレッドミルで行った運動試験による客観的な指標を用いたりしている。サラブレッド競走馬では、ESGDとパフォーマンス減退の有意な相関があり、プアパフォーマンスは胃潰瘍の有無と相関するが、その重症度や潰瘍の数とは関係ない。同様に、スタンダードブレッド競走馬においても、ESGDとパフォーマンス期待値を下回ることの有意な相関が認められている。小規模な報告ではあるが、サラブレッド競走馬4頭について、パフォーマンス減退を主訴に来院した馬の異常所見が胃潰瘍のみで、オメプラゾールによる治療後にパフォーマンスが改善した。間欠的に食べる量が減ることによる生理学的な反応はESGDの影響は、傾斜をつけたトレッドミル運動試験によって調査された。対象の半数は、オメプラゾール4mg/kg POの投与を受け、残りは治療しなかった。非治療馬は、治療馬と比較して、疲労までの時間の減少、最大酸素摂取量およびストライドの減少が有意であった。これらの違いが見られた理由ははっきりしないが、著者らは腹部痛の増加がストライドや換気に影響すると想定した。

 

コメント:専門委員会は、EGUSはそれぞれの症例で幅広い臨床症状がみられ、なかでも様々な程度の食欲減退、ボディコンディションの不良が最もよくみられる。全てではないが、行動の変化は多くない。EGUSはプアパフォーマンスを引き起こすと認識されているが、他にも多くの要素がプアパフォーマンスに関わっていて、それらを考慮する必要がある。ESGDとEGGDの臨床症状の違いは分かっておらず、調査するべきである。

 

提言:EGUSではそれぞれの症例で幅広い臨床症状が認められるが、これらは非特異的でEGUSがあることとの関連は低い。したがって、専門委員会は、特徴的な臨床症状によるEGUSの診断は支持せず、これから述べる胃内視鏡検査による診断を推奨する。”