育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

ヨーロッパ馬内科医による成馬の胃潰瘍症候群についての合同声明④(Sykesら 2015年)

馬の胃潰瘍は、その一連の検査所見や症状から、馬胃潰瘍症候群EGUS:Equine Gastic Ulcer Syndromeと呼ばれるようになってきました。

ヨーロッパの大学の馬内科医による成馬の馬胃潰瘍症候群EGUSに関する合同声明が2015年に発表されていますので、これについて少しずつ書いていきます。

なお、Pubmed、JVIMから全文を読むことができますのでリンクよりご確認ください。

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

“栄養学的なリスク因子

 放牧地への放牧はEGUSのリスクを減らすと考えられているが、この根拠となる考えには矛盾もある。ある程度放牧されている馬は、EGUSになりにくい。そして、調教中のサラブレッド競走馬における研究では、他の馬と放牧するとリスクが低くなった。一方で、サラブレッド競走馬に関する別の研究では、放牧地の草の質や放牧されている時間とESGD所見率との間には明らかな相関はなかった。くわえて、給餌は草を自由採食で穀物を1日2回(1kg/100kg/日)と統一して、グラスパドック、1頭のみの馬房、隣に馬がいる馬房の条件で管理し、胃内のpHを比較したところ、有意な差は認められず、放牧することだけで胃内pHに影響があるわけではなかった。

 

 同様に、繊維質や乾草を自由に食べられることで胃潰瘍のリスクは減らせると広く思われているが、これに対する強力な根拠もない。穀物なしで放牧地の草のみを与えるよりも、アルファルファ乾草や穀物の給餌で胃内pHが高くなり、胃の無腺部粘膜の消化酵素による損傷は少なくなる。さらにいえば、ある研究で高繊維質食と同じカロリー量の低繊維質食を与えて、ESGDの数および重症度を比較したところ、どちらも高繊維質食のほうが高かった。これらの発見から、他のリスク因子を減らさずに草だけを与えるというのは、これまでに考えられてきたよりも効果は薄いことを示唆している。牧草が藁のみであると、ESGD(G≧2/5)のリスクが増加することから、草の種類も重要である。草を与える間隔が長くなる(6時間以上)と、ESGDのなりやすさが増加する。

 

 多数の研究で、さまざまなレベルの運動の馬において、糖や穀物の摂取が増加するとESGDのリスクが増加するという影響が一貫してみられる。運動せず舎飼いにしている馬に、草の1時間前に体重の1%の穀物を給餌すると、潰瘍が顕著に増加した。同様に、1日に2g/kg以上の糖を与えると、G≧2/5のESGDリスクが2倍に増加した。14日間放牧せず、舎飼いで6kg/日の濃厚飼料を与え、調教を始めると、全ての馬がESGDを発症した。

 

 水が間欠的にしか飲めないとESGDのリスクは増加する。水が飲めないパドックに放牧すると、水が飲める場合と比較してG≧2/5のESGDに2.5倍なりやすかった。これは、ESGDだけでなく胃のどの部位のEGUSにも当てはまる。絶食はESGDのよく知られたリスク因子で、間欠的に飢餓になるとESGDが発症し、重症度も増加する。このことを用いて、実験的なESGDモデルが再現されてきた。しかし専門委員会は、臨床的な胃潰瘍は複数の要素がかかわっていて、これを再現するには限界があると考えている。

 

提言:胃潰瘍は複数の要素があるため絶食モデルはこれの再現性は低いと考えていて、実験モデルとして正当化していない。かわりに、自然に発症した胃潰瘍の治療や予防効果に注目した調査を推奨する。”