育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

馬の十二指腸近位空腸炎のレビュー(Arroyoら2018) その②

馬の十二指腸-近位空腸炎は、散発的に見られる病態であることが知られています。

臨床的な特徴は急性の小腸のイレウスによる腸管膨張と胃拡張による疝痛です。十二指腸から空腸の内容物が胃へ逆流することにより急激な胃拡張を起こすことで、胃破裂のリスクがあります。

小腸近位部の炎症性疾患ではありますが、その炎症がどうして起きるのかはまだ解明されていません。病原性微生物の関連が疑われており、感染実験や投与実験(細菌の毒素を経口投与)では、臨床例と同じ病理組織学的変化が起こることが明らかにされています。しかしながら実際に馬の小腸内でその細菌が増殖して、毒素の放出がその部位で起きる可能性は低いことから、直接的な原因とはなっていないかもしれません。

小腸のイレウスと胃逆流が主症状であるため、腸炎が沈静化し機能が回復するまでは絶食が必要となります。その間に電解質の補正やエンドトキシンショックの予防と対策、栄養補給を静脈輸液から行うことが一般的です。また、胃拡張による胃破裂が最も致命的な合併症であるため、定期的または常に胃カテーテルを挿入して減圧を行う必要があります。拡張した小腸は捻転や変位を起こしやすく、外科的に整復したり内容物を抽送したり、切開して排出したりすることもあります。

 

 

 

文献抜粋

その①から つづき

 

Clostridium 属

 DPJが初めて報告された文献においてクロストリジウム属菌はその原因であると示唆されていた。なぜなら症例の胃逆流スメアのグラム染色で多数の菌が観察されたからである。しかし培養では3/9症例しか増えなかった。Clostridium perfringensは最も有名な候補で、特に盲結腸炎を含むその他の腸管疾患では疑われる。しかし、この仮説を検証し、どのClostridium属菌が原因か一貫性のある調査はない。

 

Clostridium perfringens

 ある調査では小腸または胃内容物の培養で70%からC. perfringensが得られた。同じグループからの報告では、DPJ症例から得られる菌と健常馬や他の疝痛症例から得られる菌では血清型が異なることが示された。他にも分離された報告はあるが、毒素までは調べられていなかった。

C. perfringensは健常馬における腸内共生菌であり症例からでも分離される。さまざまな組み合わせで16種の毒素を産生するが、そのうちα、β、ε、θが主な毒素で片別される。α毒素は全てのC. perfringensが産生し、特に血清型Aは多く産生する。細胞のスフィンゴ脂質を変性して細胞を融解し、細胞内機能を活性化させる。さらにアラキドン酸カスケードを活性化して炎症と血管収縮を促進する。血清型Dはαに加えてε毒素も産生し、これが血圧上昇、血管平滑筋収縮、血管透過性を引き起こし、脳や肺に水腫を起こす。しかし、これらの因子の腸疾患における役割は議論があるし、他の特定の型が関わっているのかはまだわかっていない。

 

Clostridium difficile

 この菌は人をはじめ馬や他の動物にも小腸に病変を起こすことが知られている。自然感染と実験的感染では仔馬で小腸病変が見られた。この菌は毒素AとBが最も重要な因子で、これを検出することが人医療ではゴールドスタンダードである。馬では腸内容と糞便からの毒素検出が最も信頼できる診断基準となる。しかし胃逆流物を用いて毒素を検出した報告はない。

 Braunらの調査では9/17症例で小腸疾患からC. difficileが分離された。ある調査ではDPJ症例の経鼻逆流物から10/10症例で培養された。これらは毒素産生株であった。DPJ症例の胃逆流物からC. difficileが分離された症例は地域限定的で、他地域での報告がない。

 近年筆者らのグループはDPJ症例から分離したC. difficileの毒素を健常馬に投与して、全ての馬で小腸に病変が形成され、2/6症例は自然発生の症例と同様の所見が得られた。このことから、毒素がDPJの発症に関係していることが示唆された。

 

他のClostridia

 Clostridium属の菌には他にも幅広い生物学的活性を持つ外毒素を産生する菌がある。腸内細菌叢に入っている菌でも特定のコンディションでは腸管の損傷を引き起こす可能性がある。ある調査ではDPJ症例と健常馬の胃逆流物から多くのClostridium属菌が分離され、どちらからも分離されたものは臨床的な意義がないとみなされた。自然発症のDPJ症例からは一貫した菌が得られていない。

 DPJの病因はまだわかっていないが、教科書にはSalmonellaやカビ毒が潜在的な原因とされている。しかし臨床的、細菌学的、病理学的に根拠は乏しい。回顧的に臨床病理学的な調査を行なった調査はあるが、この病態の原因には到達していない。現在までの情報では、この病態には複数の原因微生物があって、そのうちクロストリジウム菌は原因の一つとなっている可能性がある。

 

 

 

 

参考文献

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

要約

十二指腸ー近位空腸炎(DPJ)は小腸近位部の炎症性病態のひとつで、馬において散発的に発生する。臨床的な特徴は、急性に発症するイレウスと鼻からの胃逆流により全身性の毒素血症を引き起こす。このレビューでは、疾患の定義、病態の原因となる可能性のある因子、臨床所見、疫学的な特徴、組織学的および臨床病理学的所見および内科的治療について検討する。この疾患には、Salmonella spp, カビ類、Clostridium perfringens, Clostridium difficileが全て関連付けられてきたが、C. difficileを除いてそのことを支持する根拠は限定的である。一方で、病態の原因の調査には特に関心が集まっており、提唱されている病態形成因子を支持するデータも出ている。C. difficileは病態の原因となる因子としての潜在的な役割があり、病態形成にも関わっている可能性があるが、近年の調査でこの仮説が強調されている。しかし、この疾患の原因は2つ以上の因子があることも認識されている。