育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

馬の十二指腸近位空腸炎のレビュー(Arroyoら2018) その⑤

馬の十二指腸-近位空腸炎は、散発的に見られる病態であることが知られています。

臨床的な特徴は急性の小腸のイレウスによる腸管膨張と胃拡張による疝痛です。十二指腸から空腸の内容物が胃へ逆流することにより急激な胃拡張を起こすことで、胃破裂のリスクがあります。

小腸近位部の炎症性疾患ではありますが、その炎症がどうして起きるのかはまだ解明されていません。病原性微生物の関連が疑われており、感染実験や投与実験(細菌の毒素を経口投与)では、臨床例と同じ病理組織学的変化が起こることが明らかにされています。しかしながら実際に馬の小腸内でその細菌が増殖して、毒素の放出がその部位で起きる可能性は低いことから、直接的な原因とはなっていないかもしれません。

小腸のイレウスと胃逆流が主症状であるため、腸炎が沈静化し機能が回復するまでは絶食が必要となります。その間に電解質の補正やエンドトキシンショックの予防と対策、栄養補給を静脈輸液から行うことが一般的です。また、胃拡張による胃破裂が最も致命的な合併症であるため、定期的または常に胃カテーテルを挿入して減圧を行う必要があります。内科的治療で改善しない、もしくは通過障害を排除できない場合には試験的な開腹手術で確定することもあります。しかし術後に逆流が止まる症例が少ないことも事実で、術後管理にも気が抜けない症例です。全体的な生存率の報告は25〜94%とばらつきがありますが、短期的な退院までの生存率は67〜87%ともう少し高いです。

 

文献抜粋

その④から つづき

 

診断

 DPJの臨床的診断は典型的な症状、内科的治療に対する反応、小腸の通過障害や捻転を除外することに基づく。手術時や剖検時の所見はどちらもDPJの確定診断となる。臨床症状を区別することができないため、DPJとその他の小腸閉塞や捻転を臨床的に鑑別することは難しい。これらを区別する基準はいくつかあって、疼痛の程度、発熱の有無、血液および腹水の検査、内科療法への反応がある。閉塞性疾患の方が疼痛は強い。DPJの症例は顕著な倦怠感を示すことが多く、胃の減圧で疼痛が和らぐが、閉塞性疾患では減圧しても痛みは変わらないことが多い。小腸の拡張や壁の肥厚も診断の一助となる。主観的な評価では、閉塞性疾患の場合、直腸検査において腸管は硬く膨張しているが、DPJの症例では少し緊張度の弱い小腸ループが触れる。閉塞性疾患ではDPJと比較して小腸のループは大きく拡張するが壁は薄い。DPJ症例では腸管運動性は低下するが全く動かないこともない。腸管拡張の程度はさまざまであるが、膨らんで動かない小腸も報告がある。超音波検査の所見は有用だが一貫性がない。内科治療に反応する症例では組み合わせると診断の助けとなる。

 DPJ症例における胃逆流の量は閉塞性疾患と比較して明らかに多いと思われるが、この所見に一貫性はない。いくつかの文献では胃逆流の量を診断基準に入れていた。来診時の臨床病理学的変数はDPJと閉塞性疾患で異なるものの、どれもそれらを区別できるものではない。腹水はこれらを鑑別するのにある程度使えると考えられてきて、DPJでは変化が少ないが、捻転では明らかに変化したことが報告されている。

 

内科療法

 DPJは特発的な病態であるため、治療の多くは集中的支持療法となる。治療の目的は、胃と小腸の膨張を解消すること、水と電解質の喪失を補うこと、疼痛緩和、胃消化管の動きを回復することである。胃破裂や疼痛のリスクがあるため、胃の減圧(多い時で2時間おき)による小腸内容物の除去を繰り返すことが推奨される。DPJ症例で胃破裂のリスクがあるというのは直感的なもので、このことを文献的に支持するものはない。

 腸内の液体が連続的に失われるため、循環血液量を維持するのにポリイオン等張電解質液の静脈投与は必須である。低カリウム、低カルシウム、高乳酸血症はDPJ症例で一貫してみられる状態で、他の電解質の動きはさまざまである。DPJ症例の液体喪失はとんでもなく、8L/hにも上る。脱水補正のためには持続的なモニタリングが必要で、常に喪失する分を考慮する。蠕動促進薬であるネオスチグミン、ベタネコール、フェノチアジン、メトクロプラミド、シサプリドおよびリドカインも使われる。これらの薬を使う利点はわかっておらず、せいぜい逸話的なものである。効果の検証にはランダム化対照症例研究が理想的であるが、症例がそんなに多くないのと実験的モデルがないことが限界となっている。

 他の支持的な治療としては、イレウス、蹄葉炎、抗菌薬投与、膨張した腸管の外科的な減圧が必要となる。抗菌薬の使用にはまだ議論があるところだが、多く使われるのはペニシリン単独またはアンピシリンやゲンタマイシンとの併用である。クロストリジウム感染が関連すると考えているグループはメトロニダゾールを投与している。DPJ症例では肝障害も報告されているため、肝臓への感染拡大を抑えるためにも抗菌薬投与が推奨されてきた。

 予防的な四肢のクライオセラピーは蹄葉炎発症リスク低下に貢献する。連続的で頻回の胃の減圧や補液をしないと、重度のDPJ症例はショックを起こし、重度の脱水と腹部膨張による呼吸障害を起こす。

 

外科療法

 DPJ症例の中には、機械的な病変や通過障害が除外診断できなかった、または治療に反応しなかった固めに試験的に開腹することがある。外科的な治療は一般的に用いられる方法ではないが、うまくいった報告もある。一方である調査では外科的に治療した馬の生存率は有意に減少し、下痢の発症リスクが高買った。この症例群では内科療法を選択した馬よりも胃逆流が多かった。この報告は回顧的研究でランダム化されていないため注意して評価する必要がある。つまり胃逆流が多く長期化した症例が試験的開腹となりやすかった可能性がある。興味深いことに、手術後に胃逆流が止まった症例は25%で、外科的な治療により胃逆流を解消できなかった。

 

 

 

 

 

参考文献

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

要約

十二指腸ー近位空腸炎(DPJ)は小腸近位部の炎症性病態のひとつで、馬において散発的に発生する。臨床的な特徴は、急性に発症するイレウスと鼻からの胃逆流により全身性の毒素血症を引き起こす。このレビューでは、疾患の定義、病態の原因となる可能性のある因子、臨床所見、疫学的な特徴、組織学的および臨床病理学的所見および内科的治療について検討する。この疾患には、Salmonella spp, カビ類、Clostridium perfringens, Clostridium difficileが全て関連付けられてきたが、C. difficileを除いてそのことを支持する根拠は限定的である。一方で、病態の原因の調査には特に関心が集まっており、提唱されている病態形成因子を支持するデータも出ている。C. difficileは病態の原因となる因子としての潜在的な役割があり、病態形成にも関わっている可能性があるが、近年の調査でこの仮説が強調されている。しかし、この疾患の原因は2つ以上の因子があることも認識されている。