育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

馬の十二指腸近位空腸炎のレビュー(Arroyoら2018) その④

馬の十二指腸-近位空腸炎は、散発的に見られる病態であることが知られています。

臨床的な特徴は急性の小腸のイレウスによる腸管膨張と胃拡張による疝痛です。十二指腸から空腸の内容物が胃へ逆流することにより急激な胃拡張を起こすことで、胃破裂のリスクがあります。

小腸近位部の炎症性疾患ではありますが、その炎症がどうして起きるのかはまだ解明されていません。病原性微生物の関連が疑われており、感染実験や投与実験(細菌の毒素を経口投与)では、臨床例と同じ病理組織学的変化が起こることが明らかにされています。しかしながら実際に馬の小腸内でその細菌が増殖して、毒素の放出がその部位で起きる可能性は低いことから、直接的な原因とはなっていないかもしれません。

小腸のイレウスと胃逆流が主症状であるため、腸炎が沈静化し機能が回復するまでは絶食が必要となります。その間に電解質の補正やエンドトキシンショックの予防と対策、栄養補給を静脈輸液から行うことが一般的です。また、胃拡張による胃破裂が最も致命的な合併症であるため、定期的または常に胃カテーテルを挿入して減圧を行う必要があります。拡張した小腸は捻転や変位を起こしやすく、外科的に整復したり内容物を抽送したり、切開して排出したりすることもあります。

 

文献抜粋

その③から つづき

 

臨床症状

 南米と北米からの5報の症例回顧的調査で挙げられた臨床症状と胃逆流についてまとめた。DPJは散発的に見られ、大量の胃逆流と胃の減圧後には改善する疝痛が典型的で、これがホールマークとなる。発熱はおよそ25−30%で見られた。頻脈は一貫して見られる症状で、平均は70bpmであった。

 イレウスはこの疾患のホールマークで、一貫してみられる所見である。発症から24時間で48L以上の過剰な胃逆流は56%の症例で見られたとの一報もあるが、他の文献では最初の24時間で胃逆流は平均11Lとされ、イレウスや胃逆流は典型的なDPJの症状だが、その量にはばらつきがあることを示している。逆流物の色は黄色がかった緑色や赤っぽい茶色で、強烈な異臭がする。

 他の主な臨床症状は軽度から重度の疝痛とさまざまな程度の倦怠感である。重度の疝痛を示すことはほとんどなく、食欲不振、沈鬱、横臥のみみられる。脱水、エンドトキセミア、蠕動音の減少または消失、頻呼吸も見られる。直腸検査における小腸拡張はDPJ症例の80%で触知できる。

 DPJの合併症として30%で蹄葉炎が報告されていて、これは疾患の初期にも後期にも見られた。

 

臨床病理

 血液濃縮や血清タンパク質濃度上昇は共通して見られ、脱水や脾臓の収縮と関連している。この所見は小腸絞扼性の通過障害と違いはない。CBCの項目は一貫した所見はない。

 血清学的検査では、健常馬や絞扼性病変と比較して肝酵素と総ビリルビン濃度が上昇した。DPJ症例のほとんどは、高窒素血症、低ナトリウム血症、低クロール血症、低カリウム血症、低カルシウム結晶がみられたが、電解質異常は症例によってバラバラであった。ほとんどの症例で、血液pHは正常だが、胃逆流による低クロール代謝性アルカローシスがみられる。一方で代謝性アシドーシスやアニオンギャップによるアシドーシスは循環血液量低下や組織浸透性の低下を原因とする。さらにいうとアニオンギャップが大きい症例では死亡リスクが高いことと関連していた。

 腹水のタンパク質濃度上昇は共通していて、有核細胞数の増加は伴わない。ある調査では絞扼性疾患と比較して、腹水タンパク質は上昇したが、有核細胞数は減少した。タンパク質濃度が35G/L を超えると死亡リスクが増加した。

 

病理

 Tylerらの報告では、肉眼と顕微鏡所見をまとめた14症例の報告をしていて、DPJの症例ではほとんどが小腸近位部に病変が限局していて、十二指腸を含み、幽門にも所見があった。小腸は軽度の拡張があり、腸管粘膜から漿膜の間が拡張し、血管がうっ滞して充血し、浮腫や出血もみられた。柔毛の委縮や上皮細胞の喪失と出血、好中球の壁内浸潤、繊維素膿性の滲出が重度の病変の特徴であった。重度の症例では粘膜の壊死もみられ、これにより腹膜炎がおきていた。

 DPJ症例で五大臓器に一貫した病変はみられなかった。肝臓の病変では、肝細胞の空胞変性、胆汁うっ滞、小葉中心または門脈周辺の炎症細胞浸潤がみられた。肝細胞に病変がみられた症例では血清肝酵素の上昇があった。肝臓の病変は小腸病変からくる二次的なもの、血流減少、エンドトキセミアによるマクロファージ活性、十二指腸から胆管をたどって炎症がおきるのかについては、まだ検証中である。

 

 

 

 

参考文献

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

要約

十二指腸ー近位空腸炎(DPJ)は小腸近位部の炎症性病態のひとつで、馬において散発的に発生する。臨床的な特徴は、急性に発症するイレウスと鼻からの胃逆流により全身性の毒素血症を引き起こす。このレビューでは、疾患の定義、病態の原因となる可能性のある因子、臨床所見、疫学的な特徴、組織学的および臨床病理学的所見および内科的治療について検討する。この疾患には、Salmonella spp, カビ類、Clostridium perfringens, Clostridium difficileが全て関連付けられてきたが、C. difficileを除いてそのことを支持する根拠は限定的である。一方で、病態の原因の調査には特に関心が集まっており、提唱されている病態形成因子を支持するデータも出ている。C. difficileは病態の原因となる因子としての潜在的な役割があり、病態形成にも関わっている可能性があるが、近年の調査でこの仮説が強調されている。しかし、この疾患の原因は2つ以上の因子があることも認識されている。