馬の十二指腸-近位空腸炎は、散発的に見られる病態であることが知られています。
臨床的な特徴は急性の小腸のイレウスによる腸管膨張と胃拡張による疝痛です。十二指腸から空腸の内容物が胃へ逆流することにより急激な胃拡張を起こすことで、胃破裂のリスクがあります。
小腸近位部の炎症性疾患ではありますが、その炎症がどうして起きるのかはまだ解明されていません。病原性微生物の関連が疑われており、感染実験や投与実験(細菌の毒素を経口投与)では、臨床例と同じ病理組織学的変化が起こることが明らかにされています。しかしながら実際に馬の小腸内でその細菌が増殖して、毒素の放出がその部位で起きる可能性は低いことから、直接的な原因とはなっていないかもしれません。
小腸のイレウスと胃逆流が主症状であるため、腸炎が沈静化し機能が回復するまでは絶食が必要となります。その間に電解質の補正やエンドトキシンショックの予防と対策、栄養補給を静脈輸液から行うことが一般的です。また、胃拡張による胃破裂が最も致命的な合併症であるため、定期的または常に胃カテーテルを挿入して減圧を行う必要があります。拡張した小腸は捻転や変位を起こしやすく、外科的に整復したり内容物を抽送したり、切開して排出したりすることもあります。
文献抜粋
その②から つづき
発症機序
DPJの発症機序はよく調べられているが、臨床病理学的な所見に基づいた仮説しかない。小腸の肉眼と組織所見からは、炎症の過程が消化管イレウスをひきおこし、電解質に富んだ液体が集積して小腸近位と胃の拡張して、細菌が吸収されることで細菌合成物が血流に入ることが示唆される。肉眼的には病変部分は腫大し漿膜面は赤色で点状またはうっ血性出血がみられ、内容は茶褐色の液体で、粘膜は点状出血に加えてまれに壊死や潰瘍がみられる。顕微鏡所見では軽度から重度の病変があるが、粘膜と粘膜下織の充血と浮腫、柔毛上皮の崩壊、出血、粘膜より深部への好中球浸潤を特徴とする。これらの病変はDPJでみられる不快感、胃逆流、脱水およびエンドトキセミアの原因となる。
これまでに述べた通り、DPJの発症要因はまだ解明されていない。しかし、C. difficileの毒素を投与してDPJの症状が再現できたことから、この菌の発芽がかかわっていることが示唆される。腸内細菌が正常なうちは発芽しないが、これが崩れてさらに胆汁酸が多い環境だと発芽して増殖し毒素を産生する。他の動物種では胆嚢に蓄えられるが、馬では直接十二指腸に胆汁酸が分泌される。また馬の胆汁酸の構成は他の動物と大きく異なり、コール酸やタウロコール酸が多く、これらは発芽を刺激する。一方で、発芽を抑制するケノデオキシコール酸の胆汁に占める割合はヒトよりも少ない。これらが馬における発症リスク因子となっている可能性がある。
C. difficileの毒素AとBは、腸管内で宿主の細胞にレセプターを介して取り込まれる。毒素はグルコシルトランスフェラーゼで、結果的に細胞骨格とタイトジャンクションを崩壊させ、細胞死を招く。さらに腸管上皮のバリアを破壊し、炎症メディエータやサイトカインを誘導することでさらなる炎症を惹起し損傷を与える。実験的にはC. difficileにより腸管運動性も減退することがわかっていて、イレウスを引き起こしDPJの症状を引き起こしているかもしれない。
これまでにC. difficileの毒素が小腸の機能に影響し、DPJの発症機序にかかわっている可能性を示唆してきたが、発症要因となる因子は明らかになっておらず、発症機序に関しても仮説の域を出ない。他にも多くの発症機序のパスウェイが示唆されて、他のレビューに載っているので参考にされたい。
https://beva.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.2042-3292.2000.tb00070.x
疫学
DPJの重症度と罹患率は地域的な要素に影響を受ける。DPJの症例報告は米国南東部やヨーロッパの一部からあるものの、カリフォルニアでは少ない。ブラジルからの報告では大学病院の疝痛症例の13%を占めたとの報告がある。小腸疾患のうちDPJの占める割合は3-22%で、小腸閉塞よりも多くないことが示唆される。
DPJのリスク因子はわかっていない。分娩や調教の変更などによるストレスが挙げられている。性別や品種に偏りはないが、1報のみメスが多かったとされた。年齢は2歳以上で報告されているが、平均は5-10歳である。濃厚飼料の給餌や放牧して草を食べていることはリスク因子となる。コロンビアからの報告では83%が濃厚飼料を給餌されていた。
参考文献
要約
十二指腸ー近位空腸炎(DPJ)は小腸近位部の炎症性病態のひとつで、馬において散発的に発生する。臨床的な特徴は、急性に発症するイレウスと鼻からの胃逆流により全身性の毒素血症を引き起こす。このレビューでは、疾患の定義、病態の原因となる可能性のある因子、臨床所見、疫学的な特徴、組織学的および臨床病理学的所見および内科的治療について検討する。この疾患には、Salmonella spp, カビ類、Clostridium perfringens, Clostridium difficileが全て関連付けられてきたが、C. difficileを除いてそのことを支持する根拠は限定的である。一方で、病態の原因の調査には特に関心が集まっており、提唱されている病態形成因子を支持するデータも出ている。C. difficileは病態の原因となる因子としての潜在的な役割があり、病態形成にも関わっている可能性があるが、近年の調査でこの仮説が強調されている。しかし、この疾患の原因は2つ以上の因子があることも認識されている。
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