育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

両側披裂軟骨の腹内側変位(Priestら 2012年)

両側披裂軟骨の腹内側変位が学術誌に記録された初めての文献を紹介します。これまでに紹介した披裂軟骨小角突起の変位はどちらか一方が対側よりも腹側に変位してしまう病態でしたが、こちらは両側の披裂軟骨が腹側へと変位する病態です。まだまだ情報が少ないのですが、先日初めて明らかな披裂軟骨背内側変位を経験しましたので、今後も情報を集積できればと考えています。

 

本文中に記述されている、披裂軟骨の腹内側変位:ventro-medial arytenoid displacement (VMAD)については、まだ理解が進んでいないようです。
この文献内の情報を整理すると

所見率と臨床症状

〇異常所見があった21頭中5頭(23.8%)で認められた。
〇うち2頭で運動時異常呼吸音とプアパフォーマンスを示した。
〇全頭でウォームアップ時から所見が見られ、競走中に最もひどくなり、速度が下がると解消した。
〇1頭で披裂喉頭蓋ヒダ軸側変位を併発したが、異常呼吸音やプアパフォーマンスはなかった。

 

考察

〇過去に披裂軟骨尖部の虚脱が報告されているが、これはどちらか一方が虚脱を起こしていて、反回喉頭神経症が関連した横披裂筋の萎縮または披裂間靭帯の損傷が示唆されていた。しかし本研究では左右の披裂軟骨がそろって腹側へと変位しており状況が異なる。

披裂軟骨小角突起尖部の腹内側虚脱が安静時に嚥下や鼻腔閉塞で誘発されると報告されている。この文献も片側の変位であり、解剖体で披裂軟骨を横断する靭帯の膨大が原因であると示されており、本研究の状況とは異なる。

〇ヒトでは輪状披裂関節の亜脱臼により腹側へ変位することや、喉頭裂laryngeal cleftが報告されており、後者は最も似ているように見える。しかしヒトでは安静時にみられることや、食道逆流を伴うことから本研究の状況とは異なる。

〇本研究で、披裂軟骨の腹内側変位を認めた馬はレースが可能であったが、そのパフォーマンスが全力を尽くせているかは不明である。

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

”研究を実施した理由
 競走馬の競走中に行った動的な上気道内視鏡検査についての報告はこれまでにない。

目的
 競走中においてオーバーグラウンド内視鏡検査が可能であるか、そして得られる所見はどのようなものか明らかにすること。

方法
 能検のレース中に46頭のスタンダードブレッド競走馬についてオーバーグラウンド内視鏡検査を行った。GPSにより走行中のスピードを計測した。

結果
 走行タイムは検査時とそれまでのレース時で有意差が認められず、検査によるパフォーマンスへの影響は認められなかった。21頭でレース中またはレース後の気道閉塞が認められた。ごく最近報告されている、上気道閉塞の原因となる所見が認められた。しかし驚くことに、両側披裂軟骨の腹内側への変位が5頭で認められ、これは軟口蓋背側変位と同じ頻度でみられた。軟口蓋背側変位は10頭で認められたが、うち5頭はレース後に発症した。レース後に軟口蓋背側変位を発症した馬は、レース中に発症しなかった馬よりも遅い速度で走行していた。

結論
 レース中の運動時内視鏡検査はパフォーマンスへの影響はなく、上気道閉塞の診断が可能であった。運動直後に発症する軟口蓋背側変位は臨床的関連性があるかもしれない。競走中の披裂軟骨腹内側変位は重要な異常現象である。

潜在的関連性
 レース中の運動時内視鏡検査は、調教中や高速トレッドミル内視鏡検査での診断の重症度との相関を明らかにするために使えるかもしれない。披裂軟骨腹内側変位については、その病因および臨床的意義について、さらなる調査を行うに値する。”