育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

馬のプアパフォーマンス:整形外科以外の診断について(Ellisら2022) ③上気道閉塞性疾患

プアパフォーマンス

馬におけるプアパフォーマンスの原因は様々です。まず思いつく原因として、整形外科的な疾患では関節炎や腱鞘炎、疲労骨折など疼痛や機械的な障害を伴うものがあります。ですが、他にも様々な呼吸器、循環器、消化器および筋肉の疾患があります。

 

まずは慎重な症状の聞き取りと身体検査が重要となります。ここで示す症状が呼吸器症状か、循環器症状か、歩様異常か、消化器症状かを大別します。そこからさらに詳しく分類し、それぞれ診断するための検査に進みます。

 

 

 

呼吸器症状の場合

上気道の閉塞性疾患は、いわゆる喉鳴りいわれる異常呼吸音を伴ったプアパフォーマンスを呈する疾患の総称です。

主なものは披裂軟骨虚脱、声帯虚脱、軟口蓋背側変位DDSPなどが挙げられます。これらは吸気時または呼気時に、それぞれ披裂軟骨、声帯および軟口蓋が気道を閉塞することにより、異常呼吸音と換気量低下によるプアパフォーマンスを引き起こします。安静時内視鏡検査で診断されることもありますが、動的な閉塞であるため、運動時内視鏡検査による診断と重症度判定が重要となります。また、複数の異常所見が併発してみられることも特徴であるため、運動時内視鏡検査はより重要となっています。

近年では、披裂軟骨およびそれを動かす披裂輪状筋を超音波検査で評価する方法も確立されています。披裂軟骨虚脱と似たような臨床症状を示す披裂軟骨炎では、軟骨の形状を評価することに有用であるし、先天的な異常であるRDPAに関連した軟骨や筋肉の障害を摘発できる可能性もある。

 

 

 

参考文献

 

上気道閉塞性疾患

上気道の閉塞性疾患は、気道を障害し、換気量を減少させ、運動によって誘発される低酸素血症を悪化させ、最大酸素消費を減少させることでパフォーマンスを制限する。これらの疾患の多くは動的で、複数が併発することが30-70%の馬で報告されている。上気道の閉塞性疾患で見られる症状は異常呼吸音または運動不耐性のどちらかである。もちろん、運動中の発咳、嚥下回数増加、呼吸が止まる、異常な呼吸パターンもみられる。

 

異常な上気道呼吸音

異常呼吸音は吸気時も呼気時もみられる。呼気時の異常呼吸音は、鼻翼の虚脱、軟口蓋背側変位DDSPおよび軟口蓋不安定でおきる。鼻翼の虚脱がある馬では呼気時にパタパタと震えるが、運動不耐性を示す割合は少ない。これはスタンダードブレッドやサドルブレッドで最もよくみられる。間欠的なDDSPは競走馬でよくみられ、調教師からは「choking down」や「hitting a wall」と表現される状態となり、呼気時の換気量が制限される。間欠的なDDSPのあるスポーツホースは運動中に呼気時の異常呼吸音がみられることが多いが、20-30%は異常音がない。間欠的なDDSPを示すスポーツホースもいるが、これらは異常呼吸音や発咳を伴うことが多い。上気道閉塞疾患があり、頭頚部を屈曲させて運動する馬場競技馬やサドルブレッドであhプアパフォーマンスがでやすい。軟口蓋の不安定はDDSPに先行し、これに進行することがあるが、軟口蓋不安定だけでも分時換気量、1回換気量、酸素消費が減少し、運動不耐性をおこすことがある。

 

吸気時の異常音は、披裂軟骨虚脱、声帯虚脱、咽頭口蓋弓吻側変位RDPA、鼻咽頭虚脱いよっておこる。披裂軟骨虚脱は競走馬やスポーツホースにおいて吸気時の異常呼吸音に加えてプアパフォーマンスをおこす。スポーツホースの多くは5-6歳時以降に進行性に異常呼吸音がでてくる。披裂軟骨虚脱の馬における運動不耐性は、気道内径の減少に関連して換気が低下することに関連する。声帯虚脱は披裂軟骨虚脱と併発する、もしくはしない。声帯虚脱は、特に最大強度に達しない運動では、それ単体では運動不耐性をおこさない。RDPAは第4または6鰓弓の先天的な形成異常に関連している。異常呼吸音と運動不耐性の重症度は、先天性形成異常の程度による。

 

鼻咽頭虚脱は、その程度によって様々な程度の運動不耐性と吸気時の異常呼吸音がみられる。虚脱は背腹方向、側方もしくは全周でおきうる。高カリウム血症性周期性麻痺の馬では高リスクである。鼻咽頭虚脱は鎮静薬の投与や局所麻酔薬の塗布でもおきる。馬場競技馬では、rollkurをやっているときに背側鼻咽頭虚脱がおきる。

 

 

 

 

 

運動不耐性

運動不耐性をおこす病態は、上記以外にも喉頭蓋エントラップメントEE、喉頭蓋後傾、retroversion、軟口蓋下嚢胞、披裂喉頭蓋ヒダ内(軸)側変位ADM(A)F、喉頭蓋炎、披裂軟骨炎、軟口蓋不安定および鼻咽頭虚脱がある。披裂軟骨炎の馬では披裂軟骨虚脱に似た症状がある。運動不耐性の程度は肉芽腫の有無とその大きさ、軟骨変形の有無に依存する。

 

診断

上気道閉塞疾患の診断は内視鏡検査によって行う。一方で、鼻翼の虚脱は一時的に開帳した状態で縫合して診断的治療を行う。いくつかは安静時でも診断がつくが、動的な病態は運動時内視鏡によって診断する。安静時でRDPAとわかっても、形成異常が他の呼吸器以上と関連していないか確かめるために運動時内視鏡が推奨される。安静時に鼻咽頭虚脱がみられても、運動時には確認できないことがあることは覚えておかなくてはならない。

 

披裂軟骨虚脱、披裂軟骨炎およびRDPAの症例では超音波検査も行う。外側輪状披裂筋のエコー輝度増加は反回喉頭神経症でみられ、この所見は運動時の披裂軟骨虚脱と相関があり、感度90%、特異度98%の検査所見である。超音波検査では内視鏡よりも軟骨や周囲の筋肉に関する情報がより得られ、治療方針に影響するかもしれない。