育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

競技、競走および調教中の馬のプアパフォーマンスの原因348症例、1992−1996年(Martinら)

馬のプアパフォーマンスの原因を特定するためには、運動中にどのような異常が起きているかを知る必要があります。

よく聞かれるプアパフォーマンスの例は、運動中に異常な呼吸音がする(ヒューヒューやゴロゴロ)、息の入りが悪い、苦しがる、途中でフワッと力が抜けるなどなど、騎乗者の主観で様々な表現をされています。

獣医師は主訴をもとにこの時に何が起こっているかを推測しなければなりません。異常呼吸音なら咽喉頭をはじめとする上気道の疾患を主に疑いますが、それ以外の原因はなかなか手がかりがありません。

一般身体検査で聴取できるのは心雑音や不整脈で、これらは慎重に評価する必要があります。しかしサラブレッド競走馬では心雑音の原因となる軽度の弁逆流症はある程度の割合の馬が持っていることもわかっており、臨床的な影響が評価が難しいことが知られています。また、不整脈は運動中に発症して自然に解消するパターンのものがあること、どの程度の頻度でみられたら臨床的に重大なものなのかという指標も乏しいのが現状です。

 

 

 

そこで一定の運動条件を再現することが可能なトレッドミルで走行しながら検査することで、運動中に起こっているプアパフォーマスの原因を特定しようという試験があります。

 

文献のハイライト

プアパフォーマンスを呈する馬に対してトレッドミル走行試験を行ったところ、42.6%の馬に動的な上気道閉塞の所見がみつかった。

安静時に評価した弁逆流症の程度はどれもパフォーマンスに影響を与えるものではないと評価したが、一方で運動後に左室内径短縮率が低下した症例が19頭いたことから運動誘発性の心筋障害とみなした。

心電図では心房性または心室性の期外収縮がみられたが、4割は上気道閉塞と併発していた。またその波形が見られたのが運動のピーク時であり、低酸素血症との関連が示唆される。

症状を示さないが、有意に血清中のCK上昇がみられた症例が多数いた

 

 

 

 

この文献に含まれるサラブレッドに対して行われた高速トレッドミル走行試験のプロトコルは以下の通りです。

7 m/sで1600m歩く

100cmの内視鏡を右の鼻から入れて頭絡に固定する

傾斜3度で9 m/sにまで上げる

次の400mは11 m/s、その次の400mは12 m/s、さらに1600mまでで12~14.5 m/sまで加速させる

次の400mは傾斜0度で12 m/sで走行して終了

 

運動中には呼吸時の圧力が上昇しますが、披裂軟骨の外転が維持できなくなることで動的に気道が閉塞してしまうことがあります(喉頭片麻痺)。他にも声帯虚脱、披裂喉頭蓋ヒダ軸側変位、軟口蓋背側変位DDSP、咽頭虚脱など様々な上気道の動的な閉塞が報告されています。

equine-reports.work

equine-reports.work

 

 

これらは運動中の内視鏡検査によって診断が可能になるもので、過去の報告いずれにおいても複数の病変が併発することが一般的であることがわかっています。この調査でも、上気道の動的閉塞は42.6%の馬で見つかり、DDSP43頭、咽頭虚脱40頭、片側の披裂軟骨虚脱36頭が主な所見でした。

 

安静時と運動時の内視鏡検査を比べると、安静時グレードと運動時に虚脱を認めた割合は、G2で1/33、G3で29/36、G4で4/4でした。

安静時内視鏡検査の結果と運動時内視鏡検査の結果を比較して、安静時の結果からどの程度運動時の結果を予測できるのか注目されてきました。

equine-reports.work

 

 

 

心電図検査では、55頭で運動中または運動直後に臨床的に重大な不整脈(心房もしくは心室性期外収縮もしくは心室性頻脈)がみられました。しかしこのうち22頭は動的な上気道閉塞も併発していました。

 

安静時に29.3%で心雑音が聞かれ、僧帽弁領域を最強点とする雑音が最も多かったものの、心エコーで評価したところ逆流の程度はパフォーマンスへの影響はないと判断されました。運動直後の心エコー検査では、左心内径短縮率が運動前よりも低下している馬が19頭おり、もともと持っていた心筋疾患があり、運動によって心筋機能の障害が引き起こされたと診断されました。運動前に軽度のFS低下を認めた馬は8頭しかいませんでした。これらの症例は動的な気道閉塞は併発していませんでした。

 

 

参考文献

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

目的

 プアパフォーマンスが原因で、高速トレッドミル走行試験を行った馬の結果を明らかにすること。試験は運動前および運動中の咽喉頭の内視鏡検査、運動前後の心エコー検査、運動前、最中、運動後の心電図検査を含む。

 

デザイン

 回顧的調査

 

動物

 348頭の馬

 

結果

 256頭(73.5%)で確定診断が得られた。148頭は運動中の動的な上気道閉塞、33頭は臨床的に重大な不整脈がそれぞれ単独で見られ、22頭では動的な上気道閉塞と不整脈が同時に見られた。19頭は運動直後の心臓内径短縮率(FS)が悪く、10頭は労作性横紋筋融解症、15頭は臨床的に明らかな跛行、9頭はその他の異常があった。運動中の動的な気道閉塞は39頭で複数の異常が併発していた。53頭は臨床症状を呈さないミオパチーを持っていた。

 

結論と臨床的関連性

 本調査の結果から、プアパフォーマンスを呈す馬では高速トレッドミル走行試験を含む完全な評価を行うべきで、これは運動中に異常な音が鳴っているかどうかに関わらず、特にグレード2〜3の左喉頭片麻痺のある馬では行うべきである。