育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

馬の寛結節の骨折1997−2007年の29症例(Dabareinerら2009)

馬の骨盤骨折は、身体の中心に近い位置にあり大きな筋肉に囲まれた骨のため、高線量のX線を必要とする点で現場での診断がつきにくい骨折です。また、骨盤を構成する腸骨、恥骨、坐骨は立体的な構造のため、平面的な画像のみでは全て評価するのは難しいと考えられています。近年のCT検査を用いた骨盤骨折の評価では、骨盤骨折では様々な部位に骨折が発生すること、同時に複数の箇所が骨折することが明らかにされています。

寛結節は腸骨の外側に位置する、いわゆる腰角部分の骨です。この部位は身体の中心から離れているため、撮影方法を工夫すれば、単純X線で評価可能です。患側にカセッテを置いて、反対側からX線を照射することで、背内ー腹外50度撮り下ろしを行います。

 

文献のハイライト

寛結節の骨折の臨床的な特徴は、寛結節部の腫脹や疼痛および軋轢音があることで、比較的急性期にも左右の非対称性が明らかであることで、全ての馬に外傷歴があった。

寛結節の骨折は患側にカセッテを置いて対側から50度で撮り下ろすX線撮影方法が有効で、これにより寛結節に近い部分の腸骨の骨折を十分に評価することが可能。

非開放性の骨折であれば保存療法が選択され、数日の鎮痛薬投与(跛行は比較的すぐに改善する)と馬房内休養と引き運動を組み合わせた管理を行う。

症例は乗馬が中心で激しい運動ではないが、寛結節の部分的な骨折なら平均3ヶ月、完全骨折でも平均6.5ヶ月の馬房内休養と放牧を中心とした休養期間を経て運動復帰することができた。

 

 

 

テキサス A&M大学から発表された回顧的調査の結果では、12年間で29頭の症例が報告され、全て外傷のイベントから急性の跛行を呈しました。クォーターホースが半数以上を占め、平地競走馬は4頭のみでした。臨床検査での特徴は、寛結節の腫脹や疼痛(24頭)、骨片や軋轢音(18頭)、左右不対称(24頭)でした。全体の跛行グレードは平均3.6/5で、速歩よりも常歩の方が跛行が重度であった馬が18頭いました。発症直後に来院した症例は跛行グレードが4−5であったのに対し、2週間以上経過してから来院した症例の跛行グレードは2−3でした。後肢の動きは外に振った歩様で、前肢の軌道の一歩外側を通るようでした。

文献で紹介されている方法は、キシラジンを用いた鎮静下で、平均77kV、27mAsの条件で撮影したと報告されています。撮影時のポイントは必ず患肢に負重させることで、こうすることで患側の寛結節が背側に位置するようになり、よりよい質の画像が得られるとのことです。

この撮影方法で診断した症例は寛結節の尾側面から発生する骨折で、半分近くは粉砕骨折でした。変位していることが多く、尾側または尾外側方向に変位していました。

治療は短期間の鎮痛薬投与と馬房内休養と引き運動を60日間は行い、その後は放牧と制限された運動を行ったとされています。休養期間には20頭で筋萎縮が見られましたが、27頭は良好な成績で運動に復帰することができました。特に部分的な骨折であった18頭は平均3.5ヶ月で運動復帰することができました。完全骨折の症例は休養と放牧期間を合わせて平均6.5ヶ月かかりました。

 

 

 

参考文献

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

目的

 寛結節の骨折症例の経過、臨床所見、X線所見、超音波所見、シンチグラフィ所見、治療法および成績を明らかにすること。立位で腸骨寛結節の背内ー腹外50度撮り下ろしX線の有用な撮影方法を記述すること。

 

デザイン

 回顧的症例研究

 

動物

 29頭の寛結節を骨折した馬

 

方法

 医療記録から、シグナルメント、経過、馬の用途、跛行の重症度と期間、X線、超音波、シンチグラフィの所見、治療法、成績を調査した。

 

結果

 全ての馬に、急性で片側の後肢跛行の前に外的な損傷歴があった。18頭は速歩よりも常歩で跛行が重度で、22頭は一方の前肢の後を追うような異常な歩様であった。24頭は触診または望診で寛結節の明らかな不対称があった。20頭は立位鎮静下で腸骨寛結節の背内ー腹外50度撮り下ろしX線像で確実に診断できた。27頭(93%)は運動復帰した。寛結節尾側の部分的な骨折の馬は平均3ヶ月で、完全骨折の馬(平均6.5ヶ月)よりも有意に早く復帰した。

 

結論と臨床的関連性

 寛結節の症例は長期的な休養期間を経て運動復帰した。本調査の結果から、寛結節の損傷が疑われる馬では腸骨寛結節の背内ー腹外50度撮り下ろしX線を撮る必要性が強調された。