球節掌側のぷにぷにとした柔らかい腫脹は、腱鞘の腫れが主体です。これにはさまざまな原因があり、目に見える症状は共通していても、原因によってとるべき治療法が異なる場合があります。
超音波検査は、この腱鞘内を観察するのに優れた検査方法です。腱鞘内を走行する腱実質の損傷、滑膜の肥厚、フィブリンの析出などを観察することが可能です。しかしそれでも原因がはっきりしない場合には、診断的に腱鞘鏡手術を行い、直接病変を評価し処置することもあります。
はじめに
指(趾)屈腱鞘 digital sheath とは
指屈腱鞘は球節掌側に位置し、浅屈腱、深屈腱、輪状靭帯と関連する滑液嚢です。
また、腱鞘内にも屈腱袖(Manica Flexoria)という構造があり、非常に複雑です。
腱鞘炎の症状
腱鞘内の腱、腱鞘、滑膜などの損傷から炎症が起き、腱鞘液が増加します。
腱鞘液の増量のみ認められる症例が多いですが、なかには軽度から中程度の跛行がみられることがあります。腱実質の損傷による疼痛、または輪状靭帯による締めつけ(拘縮)を原因とする疼痛などが跛行の原因と考えられます。
治療法
保存的治療と外科的治療が採用されます。ある程度まとまった長期休養期間とリハビリプロトコルを経て運動復帰します。いったん症状が改善することもありますが、運動強度を上げると跛行や症状が再発することがあり、競技復帰の予後は五分(fair)です。
文献で明らかになったこと
慢性指屈腱鞘炎と輪状靭帯症候群、屈腱長軸方向の損傷との関連
慢性指屈腱鞘炎は従来の治療への反応に乏しく、原因も判然としていなかった。しかし腱鞘鏡により屈腱長軸方向の損傷が報告され、輪状靭帯症候群との関連を調査するに至った。
慢性指腱鞘炎と輪状靭帯症候群の症状を示す馬において、腱鞘鏡により17/25(68%)で屈腱長軸方向の損傷が確認できた。
治療法と成績
屈腱損傷部の線維をデブリードし、輪状靭帯を切開することで腱鞘の圧迫を解除した。
これにより10/17(58.8%)は跛行なくもとの運動に復帰した。4頭は頻度やレベルを落として復帰、3頭は跛行が持続した。
臨床的な応用
超音波検査で深屈腱の内外側境界部において所見に変化が見られる場合、長軸方向の損傷が疑われる。確定診断と有効な治療のためには腱鞘鏡手術が必要である。輪状靭帯症候群のうち、靭帯切開による治療に反応が乏しい症例がいることは、腱実質の損傷を伴うことがあることも一因である。
引用文献
H Wilderjans, B Boussauw, K Madder, O Simon
Equine Vet J. 2003 May;35(3):270-5. doi: 10.2746/042516403776148183.
”研究を実施した理由
指屈腱鞘の炎症は慢性的で、とらえどころがなく、しばしば内科治療や外科治療に反応しない。
目的
温血種において、慢性的な腱鞘炎および輪状靭帯狭窄症候群の根本的な原因としての長軸方向の損傷の発生率を評価すること。
方法
1999-2000年の期間で、指屈腱鞘の腱鞘鏡により評価した25頭の慢性腱鞘炎および輪状靭帯狭窄症候群の記録を回顧的調査した。25頭のうち、17頭で深屈腱の長軸方向の損傷が診断できた。全ての馬は指屈腱鞘の腫脹および輪状靭帯狭窄症候群の履歴があった。全ての症例で超音波検査において典型的な慢性炎症像を指屈腱鞘に認め、11頭は深屈腱の外側または内側辺縁にエコー像の変化(エコー輝度のある物体または不整な輪郭)を認めた。腱鞘鏡にて、深屈腱の長軸方向の損傷は全頭で確認された。腱鞘鏡下での外科的治療は、断裂した膠原繊維を除去し、掌側輪状靭帯を切開することで、球節の圧力を減じた。
結果
10頭は跛行もなく以前の運動レベルに復帰した。3頭は跛行が残り、4頭は以前の運動レベルに戻ったが、腱鞘内への治療を行う必要があり、また競技への参加頻度を減らすことで跛行はみられなかった。
結論
慢性的な指屈腱鞘炎および輪状靭帯狭窄症候群の馬は、深屈腱の長軸方向の損傷を受けているかもしれない。しかし、これは腱鞘鏡でのみ確実な診断が下される。超音波検査で深屈腱の内側または外側の境界部に変化がみられる場合、長軸方向の損傷が疑われるが、この正確な診断と効果的な治療を行うためには、腱鞘鏡が不可欠である。
潜在的関連性
このような長軸方向の損傷があることは、慢性の指屈腱鞘炎または輪状靭帯狭窄症候群の症例のなかに、腱鞘鏡なしで輪状靭帯切開のみで反応しないものがあることの説明になる。”