育成馬臨床医のメモ帳

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サラブレッド競走馬における上腕骨骨折パターンのレビュー(Sammosら2009AAEP)

2009年のAAEPでは、上腕骨骨折のパターンについてのレビューが発表されています。

 

骨折の特徴

ストレス骨折(疲労骨折)は特定の部位に決まってみられることがわかっています。ストレス骨折に関連した骨代謝活性の上昇が核シンチグラフィで検出されるほか、X線検査で仮骨形成がみられます。生前診断できた仮骨形成部位は、上腕骨の近位頭側4%、近位尾側37%、骨幹部内側0%、遠位頭側17%、遠位尾側42%と報告されています。一方で、完全骨折した上腕骨の骨折線は、近位尾側から骨幹部を通って遠位頭側に抜ける螺旋状骨折が多いことが分かっており、このルートにみられる仮骨形成は完全骨折と関連していると考えられています。

 

病態形成

ストレス骨折(疲労骨折)が起きるメカニズムについては、いくつかの要素が関わっています。ひとつは骨代謝のうち、骨形成と骨吸収のバランスがとれなくなること、もうひとつは長期の休養により一時的に骨代謝が低下し骨の強度が落ちる(不使用性骨粗しょう症)こととされています。これらのことは、調教を始めたばかりの若い競走馬で起きやすいこと、休養明けすぐの調教で発生しやすいことと対応しています。

 

調教による骨のモデリングや骨代謝については不明な点も大きく残っていますが、若い馬の調教初期や、休養明けの調教再開時には、運動強度が高くなくてもストレス骨折がおきることを頭に入れておく必要があります。

 

症状と診断

疲労骨折は、急性に発症したあと跛行が軽度になる場合も多く、明瞭な跛行がみられない(パフォーマンスがよくない)こともあります。身体検査では肩や肘関節の外転や挙上痛があるものの、跛行してすぐにはX線検査で異常がみられないことも多いです。このようなケースでは2週間から1ヶ月経って初めて仮骨形成がみられることがあるため、再検査を行うことが推奨されます。

 

 

 

はじめに

競走馬において運動器損傷は最も多い死因である。カリフォルニアの競走馬について1990-1992年に行われた調査では、83%が運動器損傷で死亡した。馬の福祉と損耗や騎手の怪我への懸念、サラブレッド競走に対する大衆の認知から、サラブレッド競走馬の致命的な運動器損傷の潜在的な原因に関する調査が行われている。知識を増やすことで、損傷の病態形成について理解を深め、予防できる機会を増やせるかもしれない。上腕骨は、調教中に死亡した馬で3番目に多い骨折である。過去の研究から、競走馬の致命的な骨折発生には先行する病的状態が関連することが明らかにされていて、特に上腕骨では完全骨折の77%で先行する疲労骨折があったことが剖検でわかっている。このレビューでは上腕骨の疲労骨折と完全骨折を主題とする。

 

馬の特徴

上腕骨完全骨折が原因で死亡したサラブレッド競走馬は多くが2-3歳であり、本調査の上腕骨完全骨折症例の22%は競走またはタイム計測した調教がなかった。レース中またはタイム計測した調教中に発生した上腕骨完全骨折は12%のみであった。発症馬は競走や調教の頻度が低かった。上腕骨骨折は休養明け調教再開してすぐに発生しやすい。

 

臨床所見

上腕骨疲労骨折を発症した馬は、一般的にはグレード2-3/5の跛行を呈するが、多くは運動後24時間以内はより重度(G4/5)の跛行を呈す経過をとる。肩または肘関節の屈曲、外転または内転により跛行が悪化することがある。上腕骨の疲労骨折は通常の調教中に急性の跛行を呈すことで発見されるが、なかには気づかれず、予期せぬ完全骨折がおきることもある。

明らかな患肢の偏りはない。生きている競走馬で両側の疲労骨折がみられることは多くないが、片側の完全骨折で剖検したときには両側に疲労骨折の所見がみられることはよくある。

近位の疲労骨折を診断するのは困難である。触診や診断麻酔は一般的には得るものがなく、X線検査は大きな筋肉と胸腔が重なるため限界がある。シンチグラフィは最も感度が高く、疲労骨折に関連した骨の代謝活性の上昇を検出できる。

 

骨折の特徴

上腕骨の骨折は特徴的なパターンで発生するが、これは典型的な根底にある病態が関連している。完全骨折の骨折線は近位尾側の皮質骨からゆるい螺旋状に走って遠位背側の皮質骨に抜けるのが特徴的である。遊離した骨片は、遠位の骨片の近位側にみられることがある。

完全骨折した上腕骨では、外骨膜の仮骨は近位尾側面に最も多くみられるが、内側および遠位頭内側にも見られることがある。生きている競走馬の上腕骨疲労骨折に関連した仮骨は37%が近位尾側、17%が遠位頭側にみられた。興味深いことに生きている馬では仮骨は内側面には見られなかったが、遠位尾側で42%、近位頭側で4%みられた。

 

骨折発生

骨の変化

完全骨折した上腕骨の剖検では、仮骨形成のステージが進んでいることが明らかである。初期の仮骨は1mm未満の厚さで、ピンク色の粗造な表面である。仮骨は分厚く赤くなり、粗造な表面の長軸パターンとなる。なかには仮骨が過剰で不整な輪郭となることもある。病態が解消していく間に、固まってリモデリングがおき、仮骨は滑らかな表面で密となるため、上腕骨頸部の尾側面は鈍な輪郭となる。

マイクロCTを用いて横断面に観察される骨組織にも対応する変化が起きている。病態が進行すると、内骨膜の骨梁は肥厚し、外骨膜表面には新しい骨が形成され、皮質骨は多孔性が明らかとなる。完全骨折した上腕骨のほとんどで、うすく、表面の粗造な仮骨がみられ、なかには内骨膜の骨硬化や皮質骨の多孔性が増すことがある。筆者らはこのタイプの仮骨のみられる上腕骨が最も完全骨折しやすいと考えていて、それは内骨膜と外骨膜の仮骨が皮質骨の多孔性を補うには不十分であるからである。

 

病態形成

競走馬では、先行する不完全骨折が完全骨折と関連してきた。不完全骨折が十分に治癒する前に継続した負荷を受けることで完全骨折しやすくなる。不完全骨折は、疲労骨折やストレス骨折とも呼ばれ、一回のイベントや外傷で発生するわけではなく、繰り返しの負荷と関連する。疲労骨折はサラブレッド競走馬(2歳馬)において調教開始した最初の1年以内に起きるのが一般的である。通常の運動プログラムを行っているあいだ、骨は損傷を受けるが、それはリモデリングを経て修復される。運動強度が高いと、リモデリング過程の吸収フェーズが置換フェーズを超過することで、一時的な骨の多孔性がおき、骨が弱くなる。実際には、損傷した骨は発生から48-72時間以内に破骨細胞による再吸収がおき、2-3週間継続する。不運なことに、修復のフェーズはより遅く、骨の形成されるフェーズは3ヵ月必要で、この結果、骨は弱くなる。したがって、ストレスがかかると損傷の蓄積が修復できる早さを超えることで、疲労骨折は起こるかもしれない。

休養から復帰するとストレス骨折しやすく、完全骨折と関連する。骨吸収が増し、骨修復が減ることで発生する疲労骨折と対照的に、ストレス骨折は十分な活動がないことでも発生する。活動していない期間があると、骨量が減りやすく、これを不使用性の骨粗しょう症という。したがって休養または跛行やプアパフォーマンスなど様々な理由で運動を減らした馬は、ある程度の骨粗しょう症が起きる。このように長期の運動しない期間を経てフルトレーニングに戻ったときには、ある程度の不使用性骨粗しょう症により骨が脆弱化し、急な活動性の増加に耐えられなくなる。この結果、そのような馬は微細な損傷が蓄積されやすく、ストレス骨折や完全骨折しやすくなる。実際に、長期の休養から復帰してすぐに致命的な上腕骨骨折を発症する馬が多いことが、これまでの経験から示唆されている。

 

発症しやすい要因

サラブレッド競走馬は、故障から調教復帰してすぐの時期に、上腕骨完全骨折になりやすいと思われる。根底にある病態に加えて、上腕骨骨折を発症する競走馬はキャリアが浅い、つまり競走や調教が少なく、このことは他の部位の骨折に比べて若齢で発生することと関連しているかもしれない。完全骨折を発症した馬も、キャリアは浅く休養は少ない傾向があるが、骨折は運動再開後すぐに起きていた。この経過は、休養によって上腕骨にある程度の不使用性骨粗しょう症が起きるという考えと一致する。この状態で運動に復帰することで、微細損傷が蓄積しやすく、ストレス骨折や完全骨折が起きやすくなる。

 

要約

若いサラブレッド競走馬は、上腕骨ストレス骨折を発症しやすい。上腕骨ストレス骨折があることで、完全骨折しやすくなる。上腕骨ストレス骨折は特徴的な部位に発生する。上腕骨完全骨折と関連するのは、近位尾側、遠位頭側および内側のストレス骨折のみである。近位頭側と遠位尾側のストレス骨折は完全骨折を起きやすくする可能性は低いと推察される。しかし、これは早期に仮骨形成がX線検査で検出できる可能性が高いことと関連しているかもしれない。サラブレッド競走馬は、休養後に運動復帰してすぐが完全骨折が最も起きやすい。病理組織学的変化と運動の相関について調査を進めることができれば、上腕骨骨折を予防する調教レジメを作ることができるかもしれない。

 

 

 

出典

https://aaep.org/sites/default/files/issues/proceedings-09proceedings-z9100109000192.pdf