育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

バイオフィルムと馬の脚部の創傷 レビュー その④(Jorgensenら2021)

馬の下肢部(前肢なら腕節より下、後肢なら飛節より下)の創傷管理は困難を伴うことがあります。小さな創傷であったとしても治癒遅延がおきやすく、結果的に運動復帰が遅れてしまうことがしばしばあります。

 

これにはいくつかの要素がかかわっていると考えられていますが、そのひとつで近年注目されているのがある種の細菌群によって形成されるバイオフィルムです。

 

バイオフィルムは単一もしくは複数の細菌が群をなして形成するもので、文字通り強固なフィルムを持つことで内部の細菌に生活しやすい環境を提供すると同時に、宿主免疫系の細胞や抗菌薬などの攻撃から保護することができます。これは細菌が生存に適さない自然界の環境中でも生き残るために、細菌が持ちえた生活様式のひとつですが、実験室や生体外で完全には再現できないために解明がなかなか進んでいません。

 

ここまでにわかっている細菌のバイオフィルム形成と馬の脚部の損傷の関連についてまとめたレビュー文献を紹介します。

 

ハイライト
  • 創傷に形成されたバイオフィルムに対する全身的な抗菌薬投与の効果は証明されていないが、周囲の組織への感染や炎症反応を防ぐために有効である。一方で、細菌感染してからバイオフィルムが形成されるまでに時間がかかるため、それ以前(汚染から24時間以内)に細菌に対して有効な抗菌薬を投与することは非常に重要である。

 

  • 慢性創傷のバイオフィルム形成に対して最も有効と思われる治療法はデブリードメントである。ヒト医療では様々なデブリードの方法が考案され試されているが、馬ではまだ限界があり、実際の臨床現場では外科的なデブリードが主に用いられる。他には医療用の蛆虫を用いたマゴットセラピーなどが報告されている。

 

  • デブリードと組み合わせた治療として重要なのは局所塗布に用いる抗菌効果のある薬剤である。次亜塩素酸、銀、酢酸、クロルヘキシジン、カデキソマーヨウ素などが挙げられる。さらには抗菌薬を軟膏や液体に浸して用いたり、抗菌薬入りのドレッシング材(包帯)が用いられることもある。

 

  • 一度表面のデブリードをしただけではすべてのバイオフィルムや細菌が除去できないため、24時間でまたバイオフィルムが形成され成熟していく。このため、慢性化した創傷では繰り返しのデブリードと局所塗布の抗菌薬を用いた包帯を数日ごとに繰り返す必要がある。

 

  • 今のところ局所に使う抗菌薬として推奨されるものはなく、ガイドラインも作成されていないため、その選択は臨床医の経験に依存している。

 

参考文献

www.ncbi.nlm.nih.gov

文献引用

5.2.創傷におけるバイオフィルムの治療

 定義にある通り、バイオフィルムは抗菌薬に耐え、宿主免疫反応にも持ちこたえることができるため、創傷におけるバイオフィルムを伴う感染の治療を成功させるのは困難である。ヒトの慢性創傷に対して全身の抗菌薬投与について証明された効果はないが、感染の全身拡散や創周囲組織の炎症反応を伴う局所の感染を防ぐために使用できる。同様に、全身的な抗菌薬投与は肉芽組織を伴う創傷の細菌バーデンには効果がない。したがって、急性の創傷感染に主に使うべきである。バイオフィルム形成を阻止することを第一目標とすべきである。創傷を負った馬に対して局所および全身で抗菌薬を投与することはできるだけ早く始めたほうがよく、細菌が浮遊状態からバイオフィルム形成を始めるステージに移行する前がよい。この移行はおよそ24時間以内におこると明らかにされてきた。

 

 慢性創傷のバイオフィルム治療の要点はデブリードメントで、創傷への処置として繰り返しのデブリードメントは極めて重要な原則である。デブリードメントには多くの方法があり、外科的、マゴットなどの虫、超音波、hydrosurguical、自己融解、ウェットードライ、酵素によるデブリードメントがある。ヒトのガイドラインでは外科的なデブリードメントが推奨され、他の方法は根拠が限定的である。同様に、馬の創傷における調査でも、デブリードメントの方法に関して特定のガイドラインはなく、ヒトのガイドラインに則るのが妥当と思われる。馬の生体外における調査ではhydrosurgeryによるデブリードメントは通常の鋭性デブリードメントより有効と示された。したがって、これが外科的なデブリードの中でも有効な方法であろう。方法はどうあれ、感染した組織は可能ならいつでもデブリ―ドして、他の方法も組み合わせる。すべてのバイオフィルムや細菌が除去できないとしても行う。デブリードした後は時間に依存した治療が始まり(24時間以内)、この間にバイオフィルムは再構築され成熟していく。この期間にバイオフィルムを治療するのは簡単で、再成長を抑制することができるかもしれない。筆者らの病因では、細菌バーデンを減らし、治癒を促進するため、表面の肉芽組織はバンテージ交換の時にたいていデブリードしている。

 

 創傷バイオフィルムに対するデブリードの後の局所治療は、これまでに分かっている根拠(たいていVitroの結果)と個人の好みで決まり、ランダム化された前向きな症例対照研究はない。近年の体系的なレビューによると、ヒトの慢性創傷において、バイオフィルムに対する治療のほかに局所の治療で勧められる根拠はないと結論付けられた。さらに、2021年にBEVAが出した、馬の創傷マネジメントについての臨床的なガイドラインについての記事が公開されたが、根拠がないため創傷の局所塗布治療についてのガイダンスはなかった。馬の創傷におけるどんなバイオフィルム治療も効果を検証した調査はない。このレビューではすべての治療を紹介するわけではないが、クロルヘキシジン、カデキソマーヨウ素、銀、ポリヘキサメチレンビグアニド、高浸透圧溶解液、はちみつ、次亜塩素酸ナトリウム、酢酸など、抗バイオフィルム治療に使えるリストの一部について述べる。より実験的な治療としては、QSインヒビター、バクテリオファージ、植物抽出物、プロバイオティクス、基質分解酵素、免疫修飾治療などがある。創を陰圧にして抗生物質の液体を滴下する方法はオプションのひとつである。近年では馬の創傷感染治療における局所塗布治療についての概要が公開された。

 

 動物モデルで集中的な調査がされているにも関わらず、抗バイオフィルム治療の最適なものはわかっていない。筆者の病院では、バイオフィルムを伴う感染が想定される外傷に対しては繰り返し表面のデブリード(メスを用いた鋭性切除)と表面塗布の抗菌薬を用いる。筆者の経験上、最も有効な抗菌薬はポリヘキサメチレンビグアニドとナノクリスタリン銀および抗生剤である。これらを市販のドレッシング材や軟膏に混ぜる、または成分を含むドレッシング材を使う、またはガーゼなどに浸して使うなどしている。バンテージの交換は通常2-5日ごとに行うが、滲出物の量や治癒段階に依存する。高浸透圧の溶液(高張食塩、砂糖、はちみつ)は1日か数日使うだけでは細菌バーデンを減らすに至らないが、壊死組織や粘液を除去することはできる。緑膿菌に感染した創傷は、この菌の高い抗菌薬耐性とバイオフィルム形成能力のために特に難しい治療となる。緑膿菌が感染した創には特に酢酸、次亜塩素酸または有効な抗菌薬(アミノグリコシドやフルオロキノロン)が有効である。細菌学的培養と抗菌薬感受性試験は極めて推奨され、特に緑膿菌が疑われる場合はなおさらで、獣医領域においてもこの菌は高い抗菌薬耐性が報告されているからである。臨床例では、筆者が日常的に使用しているのは2%酢酸をガーゼに染み込ませて20分以上当てておく方法があり、これは副作用はない。