育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

バイオフィルムと馬の脚部の創傷 レビュー その⑤(Jorgensenら2021)

馬の下肢部(前肢なら腕節より下、後肢なら飛節より下)の創傷管理は困難を伴うことがあります。小さな創傷であったとしても治癒遅延がおきやすく、結果的に運動復帰が遅れてしまうことがしばしばあります。

 

これにはいくつかの要素がかかわっていると考えられていますが、そのひとつで近年注目されているのがある種の細菌群によって形成されるバイオフィルムです。

 

バイオフィルムは単一もしくは複数の細菌が群をなして形成するもので、文字通り強固なフィルムを持つことで内部の細菌に生活しやすい環境を提供すると同時に、宿主免疫系の細胞や抗菌薬などの攻撃から保護することができます。これは細菌が生存に適さない自然界の環境中でも生き残るために、細菌が持ちえた生活様式のひとつですが、実験室や生体外で完全には再現できないために解明がなかなか進んでいません。

 

ここまでにわかっている細菌のバイオフィルム形成と馬の脚部の損傷の関連についてまとめたレビュー文献を紹介します。

 

ハイライト
  • 馬の脚部創傷におけるバイオフィルムの罹患率は本当のところはわからない。バイオフィルムの検出には高度な検査方法が必要であるが、これを用いた調査は行われていない。筆者らの調査では、実験的に再現した脚部の創傷においてバイオフィルムは100%形成されていた。

 

  • 馬の創傷バイオフィルムに対する有効な治療方法はデブリードメントのみである。デブリードメントと局所塗布薬を組み合わせることで有効な治療ができると考えられる。ヒト医療と同様にその薬剤については統一された見解はない。

 

  • 臨床現場で有効なバイオフィルムの検出方法が出現するまでは、治癒が遅延するなどの臨床症状によって判断するほかない。バイオフィルムの関与を疑うときには積極的にデブリードメントを行う。デブリードメント後にスワブで採取した検体の培養結果は有益なことがある。

 

  • 【結論】2期癒合となった脚部の創傷で、滲出が多くなかなか上皮化が進まない症例では臨床的にバイオフィルムの関与が疑われ、デブリードメントと局所の抗菌・抗バイオフィルム治療を組み合わせてバイオフィルムに対処することで創傷治癒を改善できる可能性がある。

 

参考文献

www.ncbi.nlm.nih.gov

文献引用

6.考察

 細菌はバイオフィルムとして創に存在する。創傷治癒におけるバイオフィルムの役割は、細菌単独よりも他の要素に依存し、創傷や微細な環境、炎症のキャパシティ、酸素の状況、治癒パターンが関わる。馬の体部の創傷は適切に治癒し、これはバイオフィルムの存在に影響されない。一方で治りの悪い脚の創傷はバイオフィルムがあることでより遅延する。これらは実験的に作った馬の創傷についての調査から分かったことに基づくが、偶然できた創傷におけるバイオフィルムを検出した調査はほとんどない。自然にできる脚の創傷におけるバイオフィルムの本当の所見率はわからない、最適な検出方法は使われていないし、そもそも調査がほとんどない。筆者らの実験による調査では、馬の創傷におけるバイオフィルムを伴う感染の発生率は100%である。更なる調査で、バイオフィルム検出のゴールドスタンダードである方法を用いることが、馬の創傷におけるバイオフィルムの所見率や帰結を知るのに不可欠であることがわかった。

 

 馬の脚部の創におけるバイオフィルムの所見やヒトの慢性創傷との類似点から、適切な治療を行なっているにもかかわらず治癒が遅延する脚部の創傷ではバイオフィルムが疑われる。創傷のバイオフィルムに対して最も有効な治療はデブリードメントであり、幸運なことに、馬の創傷治療においてデブリードメントは確立された方法で、モリモリな肉芽組織の減量や感染した肉芽組織の表面を切除することができる。ほとんどの症例で、この手技により創傷面のバイオフィルムの大部分を除去し、治癒を促進できる。先述の通り、ヒトの慢性創傷においてもゴールドスタンダートとされる局所治療方法はなく、馬に使うガイドにはならない。しかし、定期的なデブリードと局所塗布の抗菌薬または抗バイオフィルム剤は効果的な方法であると思われる。

 

7.結論

 バイオフィルムは馬の脚部創傷の二期癒合となる創に発生し、体部に比べて脚部の総称が遅延しやすい要素の最も可能性の高いものである。不運なことに、馬の創傷におけるバイオフィルムを検出する診断ツールは今のところない。そのようなツールができるまでは、適切な治療を行なっているにもかかわらず治癒が遅延する総称でバイオフィルムを疑うべきである。今のところルーティンで採取する検体からは直接バイオフィルムを検出できないが、細菌バーデンやそれが時間経過で形成されていくことから治療に活かせる。創傷の細菌学的診断には生検がゴールドスタンダードとみなされ、検体はシークエンス、PCR、培養に用いて創傷に存在する細菌の全体像を把握する。生検できない時は多くの症例で適切に行なって処理したスワブ検体から得られる情報は有益である。治療の焦点は繰り返しのデブリードと局所の抗菌薬塗布を組み合わせることである。デブリードにより細菌やバイオフィルムを物理的に除去することで創傷面を健常な状態にする。抗菌薬治療はデブリード後にバイオフィルムが再構築されることを防ぐ。