馬の熱中症
近年は有名な競走馬が熱中症に続発する様々な疾患を併発して亡くなる事例も出てきています。サラブレッドにおける熱中症は年々関心が高くなってきています。
気候変動による日中の気温および湿度の上昇は明らかで、競馬や調教に関する様々な工夫が求められています。実際に2024年の夏季競馬は日中の気温が高くなる時間でのレース開催を中断することが発表されています。
2024年度競馬番組における新たな暑熱対策について(JRA)
<「競走時間帯の拡大」概要>
第 1競走 |
9時30分頃 |
休止時間 |
11時30分頃~15時10分頃 |
第 6競走(準メイン) |
15時10分頃 |
第 7競走(メイン) |
15時45分頃 |
第12競走 |
18時30分頃 |
※準メインおよびメイン競走は現行同様の時間帯
https://www.jra.go.jp/keiba/program/2024/pdf/taisaku.pdf
このような対策が取られている中でも、熱中症を完全に回避することは困難です。したがって、診断と治療については知っておく必要があり、特に初期治療が重要な鍵を握っていることは認識しておかなければなりません。
ヒト医療との共通点
馬で見られる熱中症のほとんどは運動に関連して起きるもので、ヒト医療での学校における体育の授業や部活動などスポーツに関連したものと共通しています。
ヒト医療でも獣医療においても、熱中症の予後を決める最も重要なポイントは、「早期発見」と「体の冷却」です。ヒトでは、体のだるさや軽いめまい、吐き気などが初期の熱中症で見られる症状です。一方で馬の熱中症における明らかな症状としては呼吸数や心拍数の増加、鼻翼開帳呼吸、疝痛様症状(前かき、腹を蹴る、ローリングなど)、神経症状(運動失調、転倒)があります。しかし、初期症状は非常に曖昧でわかりにくいとされています。
文献紹介
馬における初期の熱中症を早期に見つけるための手段として、体表温を検討した調査があります。この調査ではレース後の馬の体表温度を、即時測定が可能な非接触性の赤外線温度計で計測し、積極的な冷却を行った症例のレース直後の体表温について解析し、治療の必要な目安となる温度について検討したというものです。
一般的に熱中症では深部体温をモニターすることを目的として直腸温を指標として用いることが多いのですが、より簡便で安全な体表温測定を代替として使用できないか検討されました。馬が体温を下げる仕組みの中でも体表からの熱放散は大変重要で、深部体温と体表温との熱較差が大きいほど効率的な熱放散が行われていると言えます。
気温の高い日は特にレース後の体表温が高く、ほとんどの馬が39℃を超え、馬体の冷却を必要としました。一方で湿度の高い日は39℃を超えない馬でも馬体の冷却が必要で、これは湿度の高いには汗の気化による熱放散が減退することと関わっていると考察されました。
したがって、目安となるのはレース直後の体表温が39℃を超える時とされますが、レース当日の気候条件を考慮して積極的な治療を選択する必要があることが示唆されました。
この調査は比較的乾燥した日の多いオーストラリアでの調査のため、日本の気候条件における検討を重ねる必要があると考えられます。
いずれにせよ、馬体の冷却には最低でも15−20分が必要とされており、日陰で風のある場所で冷水をかけ続けることが重要です。
参考文献
The use of the hand-held infrared thermometer as an early detection tool for exertional heat illness in Thoroughbred racehorses: A study at racetracks in eastern Australia
https://beva.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/eve.13299
文献に関連する動画
医療者のための熱中症対策Q&A 電子版付! [ 三宅康史 ]
- 価格: 4950 円
- 楽天で詳細を見る