育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

蹄骨シスト状病変のX線による診断、保存療法、競走成績(Peterら2018)

蹄骨のシスト状病変は、まれに跛行の原因となることがあります。

多くは触診上で蹄を疑う所見はあまり得られないため、診断麻酔によって疼痛部位が特定され、画像診断により検出されます。

これまでに小頭数の報告がなされており、関節内への投薬を含む保存療法または関節鏡による掻把術が選択されています。競走馬における報告は少ないですが、CTやMRIといった高度な画像診断が可能になったことで、より多くの症例が診断されるようになってきています。

現在のところ、現実的な治療の選択肢としては関節内へのステロイド投与を第一選択とし、効果が感じられない場合は、解剖学的にアプローチ可能な部位のシストに関しては関節鏡による搔把術が考慮されます。

 

 

はじめに

骨シスト状病変は様々な部位において発生が報告されており、最も多いのが大腿骨内側顆で、その次が蹄骨です。蹄骨におけるシストが形成される部位も様々ではありますが、関節面の近く(関節面に開いているものもある)で近位中央部に見られることが多いとされています。蹄骨シスト病変の病態形成は完全にはわかっていないものの、成長期の疾患で外傷や虚血、感染などがきっかけとなっていることが疑われています。

跛行の原因部位を診断麻酔などで特定したら、通常の蹄骨X線検査で円形の透過像がみえ、ときに輪郭は骨硬化がみられることもあります。

治療の選択は獣医の好みや経済的な状況に依存しますが、関節腔と連続するシストの場合には関節内ステロイド投与が選択されることが多いです。保存療法に反応しない場合、関節の形状および蹄内にあるという特徴から、適応できる症例は限られますが、関節鏡視下でのデブリードメントも報告があります。

しかしながらこれらの症例報告では症例数が少なく、外科的な処置を行ったものが中心であることから、保存療法による成績をまとめた報告がなされました。

 

材料と方法

ニューマーケットのRossdales馬病院で2008-2018年に来院した馬。

診断麻酔で蹄関節内、掌側指神経/底側趾神経またはAbaxial Sesamoid blockに反応し、球節内ブロックには反応しなかった症例を対象とした。

保存療法の関節内投与にはトリアムシノロン、ヒアルロン酸およびPRPが用いられた。

X線検査は専門医による解析がなされ、シストの位置を記録した。

競走成績は出走の有無とパフォーマンスレートを出走前後で比較し、母系兄弟とも比較した。

 

成績

10年間で22頭(オス11頭、メス11頭)が組み入れ条件に合致した。8頭の1歳馬と9頭の2歳馬が含まれ、年齢中央値は2歳であった。前肢17頭、後肢5頭であった。2頭は両側で跛行のない脚にもシスト所見がみられた。

跛行のグレードはAAEPG2-4で、中央値G3であった。

シストの位置は16頭が矢状中央、2頭が外側、4頭が内側にあった。側方像で確認できたシストは8頭で、うち1頭が底側、7頭が中央に位置していた。シスト周囲の骨硬化は19頭でみられた。シストの直径は0.4-1.5cmで、1cm未満を小さいグループ、1cm以上を大きいグループに分類した。骨棘や骨付着部の骨増生も少数でみられた。

関節内にはトリアムシノロンとヒアルロン酸の混合(12頭)、ステロイド単独(4頭)、PRP(4頭)が投与され、休養のみが2頭であった。関節内投与した馬はすべて1ヵ月の馬房内休養後に2週間の引き運動をおこなった。休養のみを選択した馬は2ヵ月の馬房内休養をとった。

競走年齢に達した21頭のうち13頭(62%)は出走した。母系兄弟は84.4%の出走率であり、蹄骨シスト病変による跛行の症例では出走する可能性が兄弟より低くなった(OR=0.30)。性別、年齢、発症時期、前後肢、跛行グレード、シストの数や大きさおよび部位は出走の有無に関係しなかった。治療方法も出走の有無と有意な関連はなかった。休養のみを選択した2頭は出走しなかった。

競走パフォーマンスレーティングは症例と母系兄弟で有意な差はなかった。

 

考察

以前の調査報告では跛行したサラブレッド競走馬の22%が出走できなかった。本調査では跛行した症例の母系兄弟と競走能力について比較した。跛行した症例は兄弟より3倍出走できない可能性があったが、62%も出走することができたし、出走できた場合のパフォーマンスレートは兄弟と差がなかった点は興味深い。もちろん症例数が少なく検定として不足していることは念頭に置かなければならない。

過去の報告でシストに対して外科的な掻把術を行った調査報告では、サラブレッド競走馬は9頭中7頭が出走し、本調査の結果よりも良好な成績であった。外科手術は全身麻酔のリスクや経済的な負担もあり選択肢とならないこともある。

跛行を伴わないシスト病変がみられた。跛行は滑膜炎や軟骨下骨への圧迫による浮腫や疼痛が原因と考えられるが、明確な理由はわからない。跛行のグレードと競走成績には関連がなかった。蹄骨は一般的な検査では撮影しないため、本当のシスト病変の所見率はわからない。

X線検査には検出感度に限界があり、近年のCTやMRIによる蹄骨シストの評価はより高感度である。今回の症例群では診断麻酔で疼痛部位は特定できているものの、他の蹄内病変がないとは言い切れない。

蹄骨シストの病変を持つ症例は少なく、検定力は低い。本調査では左前にシスト病変がみられた馬は、他の肢よりも出走する可能性が高かった。この理由は不明で、調査が行われた英国では左回りも右回りも直線コースもあるので競馬場の偏りではなく、症例の偏りだと思われる。

本調査においてシストの形状には顕著なばらつきはなく、大きさ、骨硬化、部位は似通っていた。関節面との連絡はX線検査で評価したところ成績とは関連しなかったが、CTやMRIでより詳細に評価すれば関連がわかったかもしれない。

 

 

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

要約

研究を実施した理由

 蹄骨シスト状病変に起因した跛行を呈し、保存療法を行ったサラブレッドの競走成績を調査するため。

 

目的

 診断時点で跛行していて、X線検査で蹄骨に骨シスト状病変が検出され、保存療法を行ったサラブレット競走馬について、その後の競走パフォーマンスを評価すること。

 

研究デザイン

 回顧的症例対照研究

 

方法

 10年間でひとつの馬病院における蹄を原因とする跛行を呈し、X線検査により蹄骨の骨シスト状病変を認めた症例をデータベースから回顧的に調査した。診断した時点の性別および年齢、跛行グレード、患肢、治療方法を記録した。パフォーマンスについて、1回以上出走すること、最大のパフォーマンスレートを指標とした。シスト状病変の大きさ、部位、辺縁の骨硬化および関節面の不整といったX線所見について、単変量統計解析を用いてパフォーマンスと比較した。パラメトリックな検定を用いて、母系兄弟と症例馬のパフォーマンスを比較した。

 

結果

 22頭が組み入れられた。診断後、13頭が出走した。8頭は出走せず、1頭は競走年齢に達していなかった。全体として、62%(13頭/21頭)が少なくとも1回出走した。骨シスト状病変症例馬と母系兄弟を比較すると、良好なパフォーマンスができた馬は症例馬のほうが少なかった(P=0.03、オッズ比0.30)。出走した症例馬については、母系兄弟と比較してパフォーマンスレートは差がなかった。X線所見と良好なパフォーマンスの間に統計学的に有意な関連はなかったが、左前に発症した骨シスト状病変は、他の肢よりも競走成績が良好であった(P=0.02、オッズ比2.33、95%信頼区間1.27-4.27)。

 

結論

 蹄骨の骨シスト状病変による跛行の症例を保存的に管理した場合、母系兄弟と比較すると出走する可能性は低い。しかし、出走できた場合には、パフォーマンスレートで比較すると、母系兄弟とは同等であった。この調査に含まれた症例数は少ないため、結果の解釈には注意が必要である。