育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

大腿骨内側顆のボーンシストに対する関節鏡下デブリードメント後の成績に年齢が与える影響:1993-2003年の86症例(Smithら2005年)

関節鏡による大腿骨内側顆のボーンシスト搔爬術はいくつかの成績が報告されています。AAEP2002年にSandler先生が発表した時には、関節鏡で搔爬するシストの大きさが小さいほど復帰率が高いことが報告されました*1。このことから関節面を温存することが大事かもしれないという発想が生まれ、術後にステロイドやヒアルロン酸を投与する試みも行われました。さらに関節軟骨の再生を目指して軟骨細胞移植も行われましたが2010年時点では将来的には明るそうなものの、芳しい成績ではありませんでした。

 関節軟骨細胞移植についてはまた別の記事で紹介します。

 

 

これまでに紹介した記事の通り、ボーンシストは若い馬に発症することがほとんどで、若齢期の関節軟骨への物理的な傷害および骨軟骨症が関連していることが主な要因です。しかしながら高齢馬でも発症することが報告されていて、その成り立ちや治療成績についてまとめた報告があります。

 

英国の6つの二次診療施設の10年間の治療成績をまとめた報告で、85頭が対象となりました。このうち3歳以下は39頭、3歳より上は46頭でした。跛行がなく運動できるか、元の運動用途に戻れるかという項目では、いずれも3歳より上だと成績が悪かったことがわかっています。さらに、関節鏡手術中には、シスト以外の部位に軟骨損傷が20頭で見られ、このうち16頭は3歳より上の症例でした。X線画像でも関節の変形が見られる症例が多く報告されました。

3歳より上の症例群は術後に歩様が改善した症例が少なく、安楽死となった馬も8頭いました。年齢別の2群について、どちらも跛行は急性発症で持続期間には差がなかったとされています。関節軟骨や半月板の損傷を伴う場合、予後は良くないことがわかりました。

多変量解析では、長期間フォローアップすることが良い成績に繋がっており、術後歩様が良くなるまでの期間が長いことと関連している可能性があります。

高齢馬でシストが形成される理由はおそらく外力によるものだと思われ、過去に軟骨損傷からシストが形成された実験の結果からも想像できます。この調査に含まれていた馬の運動用途は様々でした。しかし実際のところ、高齢で発症した馬たちも、若くしてボーンシストが形成されていた可能性はあります。高齢馬の群にはサラブレッド元競走馬が少なく、ボーンシストが発症するほどの運動強度を経験してこなかったのかもしれません。もし若い時からシストがあったなら、関節炎の所見はもっと明らかでも良さそうです。実際には調査では関節のリモデリングは大腿骨の顆間窩および脛骨の顆間隆起でそれぞれ7頭と8頭でした。大腿脛骨関節はとても大きく、関節鏡では評価しきれない部分もあるため、評価しきれない、治療しきれない部分もあるのは事実です。

3歳より上の馬ではより長期のリハビリ期間が必要で中央値は24ヶ月であったことから、手術はなるべく早く、復帰は慎重に時間をかけて、という事実を馬主や獣医師に認識してもらう必要があります。そうすれば、すぐに見切りをつけることなく、本当の治療成績が出るかもしれません。

 

 

 

 

参考文献

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

研究を実施した理由

 大腿骨内側顆の骨嚢胞は3歳以下の馬でよく記録されていて、関節鏡による搔爬術や除去手術が最新の手術法となっている。しかし、より年上の馬における手術成績や発生率についての調査は不足している。

 

目的

 大腿骨内側顆のボーンシストに対する関節鏡下搔爬術を行った馬の成績に重要な要素を明らかにすること

 

仮説

 来院時の年齢は関節鏡手術後の運動復帰に影響する。臨床所見や診断所見も予後には影響する

 

方法

 6つの二次診療病院の回顧的調査で85頭が関節鏡手術を受けていた。臨床検査、X線画像、関節鏡所見を追跡調査のデータと共に解析した。単変量および多変量ロジスティック回帰モデルを用いて、跛行がなく復帰することに影響する要素を明らかにした。イベントー時間解析を用いて運動復帰を評価した。

 

結果

 3歳より年上の馬は、3歳以下の馬と比較して、跛行がなくなる(P=0.02)または運動復帰する(P=0.04)可能性は低かった。0−3歳の39頭のうち、25頭(64%、95%信頼区間49−79%)は正常歩様となった。3歳より上の馬46頭のうち正常歩様となったのは16頭(35%、95%信頼区間21−49%)であった。加えて、内側顆のボーンシスト以外の部位での軟骨損傷は予後に負の影響があった(P=0.05)。どの病院で行ったかは影響しなかった。

 

結論

 高齢馬は歩様が良化するまたは運動復帰する予後は悪かった。

 

潜在的関連性

 依頼主には年齢によって成績に違いがあることを認識してもらうことが重要である。

 

 


 

*1:

15mmより大きく関節面を搔爬した症例は30%、15mmより小さい病変を搔爬した症例は70%の復帰率でした。

Correlation of lesion size with racing performance in Thoroughbreds after arthroscopic surgical treatment of subchondral cystic lesions of the medial femoral condyle 

Sandler et,al. AAEP proceeding 2002