育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

披裂軟骨粘膜損傷(Smithら 2006年)

披裂軟骨軸側の粘膜損傷は、セリのレポジトリ検査等で偶発的に見つかることがあります。

自然治癒することもありますが、後に結節病変が残ったり、ひどい場合には披裂軟骨炎へと移行することがあるため、この所見がセリ後にどうなるかは注意して観察する必要があります。

手術歴のある馬では、気管内に挿入したチューブによって擦れることで粘膜損傷を起こすことがあると知られています。一方で、自然に発症した披裂軟骨の粘膜損傷については明確な原因は不明なままです。

そこで今回紹介する文献は、実験的に創出した披裂軟骨粘膜損傷の経過を明らかにすること、そして1歳セリで診断された披裂軟骨の粘膜損傷が運動能力に影響するのか検討した研究です。

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

”目的
 成馬では気管チューブの挿入による喉頭外傷が披裂軟骨の粘膜潰瘍を引き起こすのか、サラブレッド1歳馬でも同様の潰瘍がおきるのか、そしてそれが運動パフォーマンスに影響するのかを明らかにすること。

方法
 21頭の成馬に対して、5分間に3回の気管挿管を行って喉頭の外傷をおこした。披裂軟骨および声帯の損傷は、直後に主観的に評価し、その後10週間毎週検査した。33頭のサラブレッド1歳馬の原因不明の披裂軟骨の損傷は、1歳セリで診断され、同じセリから性別と年齢がマッチした対照群と比較した。

結果
 すべての馬で気管挿管直後には粘膜損傷を認めた。披裂軟骨の小角突起および声帯の損傷は、10頭(48%)で1週間後にも残存していた。またこのうち5頭は28日後でも損傷が残存し、10週間後も維持されていた。持続した損傷は、声帯および披裂軟骨に結節または局所的な腫脹がみられ、粘膜潰瘍や感染および排液は認めなかった。1歳セリで披裂軟骨疾患と診断された馬のうち、最も多い所見は声帯結節の粘膜潰瘍で、16/33(48%)で認められた。5/33(15%)は披裂軟骨炎を起こしており、パフォーマンスの解析からは除外した。軟骨炎を除く28頭のうち、19頭(68%)は呼吸器疾患は認められなかった。2頭(7%)はのちに喉頭片麻痺と診断され、7頭(25%)は追跡調査ができなかった。症例馬は対照群に比べて2.7倍多く出走していたが、3回以上出走する確率には有意差は認められなかった。

結論
 本研究から、成馬において気管挿管は直後に粘膜損傷をおこし、腫脹が持続し、披裂軟骨に局所的な瘢痕を作るが、1歳馬にみられるような披裂軟骨の潰瘍や軟骨炎とは似ていなかった。今回の症例群では特発性の発症を明確に代表していないかもしれない。本研究ではセリで診断された軟骨潰瘍が披裂軟骨炎へと進行することは多くなかった。しかしより多くの無処置で自然発症した症例について研究し、このことを確かめる必要がある。

臨床的関連性
 気管チューブの挿入による披裂軟骨の粘膜損傷はおきにくい。したがって、避けなければいけない手技ではない。本研究では1歳セリで診断された披裂軟骨の粘膜損傷によるパフォーマンスの低下は認められなかった。したがって、セリ後の内視鏡検査で披裂軟骨の粘膜損傷がこじれていなければ問題はない。しかし、損傷部の治癒やモニタリングが、セリ後の期間に必要になることもある。”