育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

去勢術後の合併症レビュー:現場での治療戦略(Getman 2009AAEP)

馬の去勢術は、よく行われる手術の一つですが、合併症の発生率は比較的高いです。

軽度な腫脹、漿液腫、出血などから、感染、腹膜炎、腸管脱出、陰茎損傷、陰嚢水腫といった比較的重度な合併症も発生することがあります。

 

馬の解剖学的な素因(腹腔内や鼠径部に停留した精巣、鼠径管や大腿三角が広いなど)から合併症が起こることもあり、陰嚢内に精巣が下降しているかは去勢前に確認しておく必要があります。しかし、術前に鼠径管や腹腔との連続を評価することは困難で、予測することが不可能な事象も含まれます。

 

2009年のAAEPにて、現場でできる去勢術後の合併症治療の方針および二次診療施設に紹介すべき症例についてまとめた発表がなされていますので、その概要を紹介します。

 

①浮腫と腫脹

最も多いタイプの合併症で、術後3-4日をピークに腫脹がおきます。しかし、術創を十分に拡張しておき、運動により廃液を促すことで、浮腫は解消することが可能です。

腫脹が長期的に持続する場合や、疼痛、体温上昇を伴う場合には感染などより重篤な合併症を疑います。

 

②感染

去勢手術に関連した感染の発生率は3-20%とされています。発熱、跛行、切開創の腫脹および排液があれば感染を疑います。局所の洗浄、全身性にペニシリンやドキシサイクリン、ST合剤など広域スペクトラムの抗菌薬投与とNSAIDsの投与が行われます。初診時にできるだけ切開創の深部から検体を採取して細菌培養検査と薬剤感受性検査を行うことで、感染の実態を把握し、適切な抗菌薬の選択が可能となります。

感染を起こした精索断端が腹腔内にとどまり排液が続く場合は、外科的に切除する方法があり、二次診療施設に紹介することも考慮します。

 

③出血

手術後および覚醒後15分以上出血が続く場合は、異常な出血であり処置が必要です。主要な原因は精巣動脈の止血や挫滅が不十分であることで、鎮静下で出血の原因を確認し、止血処置を行うことで対処できます。見つけられなかった場合も短期的にガーゼを充填して閉鎖することで止血を試みます。これでも出血が止まらなければ二次診療施設に紹介する。

まず循環血液量低下によるショックをケアすることが重要です。急性出血の場合、血液検査ではTPは6時間以内、PCVは12-24時間以内は正常に保たれることに注意が必要です。

   

⑤腸管脱出

発生は0.2-2.6%とまれですが、最も致命的な合併症です。腸管脱出のほとんどは術後4時間以内に発生します。できるだけ汚染がないように腹腔内に戻すことで救命できる可能性がありますが、退院までの短期生存は可能でも、その後腹膜炎が避けられないため予後は良くありません。

 

⑥腹膜炎

術創→総鞘膜→腹膜へと感染が波及する可能性があります。腹膜炎の診断には超音波検査で腹水を確認し、穿刺して細胞学的検査と細菌培養検査を行います。腹水は塗抹標本で評価し、変性好中球や細菌貪食像がないかを確認します。抹消血液や腹水中の白血球数増加は指標としては不適切で、これは通常の去勢術後にも上昇する可能性があるためです。

感染性腹膜炎と診断したら、エンドトキシン血症の治療を開始し、二次診療施設に紹介し、開腹術や腹腔洗浄のためのドレーン設置を行います。

 

⑦陰茎損傷

不適切な挫滅鋏の使用で、陰茎を挟み込むことで起こる可能性がありますが、まれです。陰嚢が重度に腫脹し、嵌頓し、うっ血した場合には、とにかく冷やして腫脹を減らし、陰茎をスリングで吊って血流を保ちます。

 

⑧陰嚢水腫

閉鎖した陰嚢内に漿液が貯留した状態ですが、感染や歩様異常がない限り治療の必要はありません。

 

 

Review of Castration Complications: Strategies for Treatment in the Field
Liberty M. Getman

原文はこちら*1

 

 

はじめに

現場で行う馬獣医療で、去勢手術はもっとも数多く行われている外科手術である。この手術は技術的には簡単だが、合併症が起こる確率は比較的高く、20-38%とされる。加えて、北米では獣医療に対する医療過誤訴訟で最も多い原因が、馬の去勢手術の合併症に関するものである。術前に合併症のリスク因子となるものを把握しておけば、リスクを減らすための適切な方法を選択することができる。これによりいくつかの合併症は回避できるが、適切な準備と手技をもってしても合併症はおきてしまう。したがって、術後の合併症を治療するためには、合併症を素早く認識し、適切な治療をすぐに始めることが不可欠である。治療は、現場でも可能な方法があるが、なかには二次診療施設のほうがよりよく行える治療法もある。 

 

術後の腫脹と浮腫

術後に最も多い合併症は、包皮や陰嚢部の腫脹や浮腫だが、これは術後のどの馬にもある程度は認められる。これは術後3-4日がピークで、10-12日で完全に消失する。これより早いまたは持続する腫脹や、腫脹と強直歩様、動きたがらない、排尿を渋るなどの臨床症状が見られる場合は異常である。この原因の多くは、陰嚢部の切開が不十分であったり、術後の皮膚や皮下組織の開き方が不十分であったり、運動が足りなかったりすることで、術創が早期に閉鎖し、過剰な液体が貯留することによる。高齢馬は若馬より過剰な浮腫ができやすいと報告されている。
術後すぐに腫脹が見られる場合は、感染が疑われ、適切に治療するべきである。腫脹が感染に起因するものと疑われなければ、廃液させ、NSAIDsを投与する。鎮静をかけ、無菌的な準備をし、滅菌グローブをして、指で術創を広げる。馬主は、この手技をやると同時に、1日1または2回の運動を行い、切開部の早期閉鎖を阻止することが不可欠である。治療せずにいると、過剰な腫脹から、陰茎麻痺、術創感染、排尿障害を起こしうる。
  

感染

感染は馬の去勢術の合併症として2番目に多く、発生率は3-20%と報告されている。術後数日から数年で発症することがあり、臨床症状は、発熱、陰嚢および包皮の腫脹、跛行、切開部からの廃液を伴う。精索の挫滅鋏による切断は、術後の感染リスクが高い。術後の感染にはいくつかのタイプが存在する。ストレプトコッカス属の感染でみられるマッシュルームきのこは、挫滅した精索の端からの膿汁排出と肉芽組織を特徴とする。これは歴史的に、滅菌していない挫滅鋏を使っていた時によくみられた。硬結した精索は、精索の慢性的な感染のことで、スタフィロコッカスの感染で典型的である。これらの症例では、切開部が治癒しても、精索の感染は持続し腫大と膿瘍が続き、結果的に瘻管が形成される。これが明らかになるには数か月から数年かかることもある。膿瘍を形成した断端は、鼠径部で硬い組織として体表から触れる。なかには、膿瘍が精索全体におよび、鼠径輪を通って腹腔に達する。このような馬では、膿瘍を形成した断端が直検で硬い塊として触知できる。
去勢後、発熱し、包皮や陰嚢が腫れた馬は、感染と証明されなくても治療が必要である。特に早期に治療が開始できれば、現場でも治療が奏功する。治療は、切開部を滅菌処理下で拡張する、滅菌した電解質液(薄めた抗生物質を混ぜることもある)で洗浄する、広域スペクトルの抗生物質を投与することである。これらの治療は単独で行うよりも全て併用するのが効果的である。切開部は定期的に再開通し、切開創が早期閉鎖しないように運動する。NSAIDsは疼痛管理と抗炎症作用の目的で用いる。抗菌薬の投与開始前に、切開部の深部から採材し、細菌培養と薬剤感受性試験を行うことが推奨され、これにより治療の方針が決まる。採材には、無菌的な準備を行い、先端がコットンになったスワブを切開部から深部まで挿入し、培養管に入れる。この結果を待つ間、エンピリックな広域スペクトラムの抗菌薬を投与する。去勢術後の感染で最も多い原因菌は、Streptococcus zooepidemicusだが、ほかにもスタフィロコッカス属、腸内細菌、シュードモナスもよく分離されている。筆者の病院では、はじめに経口のST合剤、クロラムフェニコール、ドキシサイクリンを投与してよい結果が得られている。しかし、全身状態の悪化が見られる症例では、広域スペクトラムの抗菌薬であるペニシリンやセファロスポリンを、アミノグリコシド系と併用して静注するのが第一選択となる。
治療開始が早ければ、この治療でほとんどが治癒する。しかし、改善しない、または術後数か月して症状が出た症例は、手術のできる二次診療施設に紹介すべきである。このような症例は、完全に治療するために感染した組織を外科的に切除する必要がある。他に紹介すべき症例は、敗血症やエンドトキシンショックの症状がみられる場合や、クロストリジウム属菌の感染が疑われる場合である。まれではあるが、ワクチンを打っていない馬では、破傷風やボツリヌス症をおこすことがあり、クロストリジウム属菌に感染すると壊死性蜂窩織炎、筋炎、全身性のエンドトキシン血症もおこる。クロストリジウム属菌の感染は、重篤な全身状態の悪化や死に至る可能性があるため、疑われる症例はできるだけ早く紹介するべきである。

    

出血

去勢術器を外した、または麻酔覚醒から5分以内のある程度の出血は通常である。しかし、15分以上出血が続くのは異常で、処置が必要である。去勢術後の出血原因として最も多いのは精巣動脈である。まれに陰嚢の静脈(外陰部静脈の分枝)または精巣挙筋内の静脈からの出血もある。去勢器具の不具合や不適切な使用が出血の原因で、精索を垂直に挟んでいない、陰嚢の皮膚を挟み込んでしまった、挫滅中に精索を引っ張ってしまった、挫滅を開放するのが早かった、機器の鋏が鋭すぎたなどが考えられる。
初期治療は現場で行うことができ、出血源を確認できればたいていうまくいく。急性期には、一般状態が安定していれば、鎮静をかけて精索が挫滅され、出血がどこから起きているか探索する。精索の断端に局所麻酔する必要があるかもしれない。断端が出血の原因と判明した場合、もう一度挫滅鋏をかけ、その近位に太い吸収糸で追加の止血処置をする。もし断端が陰嚢の切開創より遠くなって挫滅が難しい場合には、止血鉗子で挟んで24-48時間そのままにしておく。出血の原因が陰嚢の静脈であった場合、通常の止血結紮を行う。精巣挙筋からの出血では挫滅と結紮の両方を行う。出血の原因が特定できなかった場合には、滅菌したガーゼを詰めて術創を閉じてしまう。補助療法として、線溶系を低下させるアミノカプロン酸を投与する。ガーゼを詰めるだけで十分な場合もあるが、出血がすぐに止まらない場合には二次診療施設への紹介も考慮する。
紹介すべき症例は、出血の原因が特定できず、すでに相当な量の出血があり、低循環量によるショックがある場合や、腹腔内出血が疑われる場合である。循環血液量低下によるショックでは、頻脈、頻呼吸、粘膜蒼白、倦怠感、脈圧低下、四肢冷感、全身状態の悪化がみられる。覚えておくべきとは、このような症例も初期にはPCVやTPは正常な値を示し、発症から6時間(TP)または12-24時間(PCV)は低下しない。可能であれば輸送前に補液し、状態を安定化しておく。腹腔内出血では、循環血液量低下によるショックの症状と疝痛症状を伴う。エコーにて腹腔内に高輝度で渦巻く液体がみえれば迅速に診断できる。このような症例では、出血部位を排除するために全身麻酔が必要となる。術後に出血があった症例は、その原因部位にかかわらず、術創感染のリスクが高い。これは血餅、または縫合糸やパックしたガーゼがあるからである。したがって、継続的な抗菌薬の投与が必要となる。 

 

腸管脱出

去勢術後の腸管脱出はまれで、0.2-2.6%に過ぎないが、最も致死的になりやすい合併症である。したがって、小腸の脱出を認める症例は必ず二次診療施設に紹介することが推奨される。大網の脱出なら、通常紹介することはない。大網は結紮切除または挫滅して除去できるし、一般的にこれに関連した合併症が見られることはない。しかしこのような症例でも、直腸検査を行い鼠径輪の内側の大きさを評価し、そこから小腸が脱出しないか確かめるべきである。
小腸の脱出は、通常4時間以内におきる。しかし最長で術後12日まで発生の報告がある。リスク因子は、品種(スタンダードブレッド種、ばん馬が多く報告され、逸話的に他の種でも言われる。)、もともと鼠径ヘルニアがあること、子馬のときに鼠径ヘルニアがあったこと、直腸検査で内鼠径輪の大きさが指二本以上あることである。このような症例では、閉鎖法もしくは改良した開放術で精索の結紮を行う。閉鎖法でも政策の結紮を行わなければリスクは軽減できないが、追加の結紮を行うことでリスクは減らせる。
小腸の脱出が起こった後、第一にすべきことは、腸管がさらなる損傷や汚染にさらされないように保ち、二次診療施設への搬送に向けて準備することである。滅菌した生理食塩水で汚染された逸脱腸管を洗浄し、陰嚢から腹腔内に戻してタオル鉗子も併用して縫合閉鎖する。もし腸管が大量に脱出して押し込めなければ、湿らせたタオルやドレープで多い、スリング状にして腸管を支える。馬は鎮静し、広域スペクトラムの抗菌薬を静注し、鎮痛および抗エンドトキセミアのためフルニキシンメグルミンを投与する。腸管脱出の外科的治療による生存率は36-87%である。生存率が低くなる要因は、鼠径部からのアプローチであること、逸脱した腸管が長いこと、腸管の切除吻合術を必要としたことであった。 

 

腹膜炎

感染性腹膜炎の発生は、去勢術後にはまれであるが、総鞘膜と腹膜は交通していて、したがって精索の感染が腹腔に及ぶ可能性はある。感染性腹膜炎の臨床症状は、発熱、沈鬱、頻脈、脱水、疝痛、下痢、食欲不振がある。このような症状を示す馬では腹腔穿刺を実施すべきで、採取した腹水は細胞学的検査、細菌検査および薬剤感受性検査に供する。しかし、注意してくべきことは、無菌的な腹膜炎は去勢術後に頻繁にみられ、臨床的な重要性はない。細胞診で腹水の白血球数増加がみられ、術後5日までにWBC10,000~100,000/µlとなるが臨床症状はみせない。これは腹腔内の出血に起因する炎症が原因と考えられる。したがって、腹膜炎の臨床症状がある馬では、腹水の細胞数を見るだけよりも、細胞学的に評価し、細菌や変性した好中球を見つけることが確定診断となる。
感染性腹膜炎の臨床症状が見られる馬は、可能であれば治療のため二次診療施設へ紹介すべきだ。治療は、広域スペクトラムの抗菌薬(薬剤感受性の結果が出るまでの処置)、NSAIDs、抗エンドトキセミア治療のためのポリミキシンBや血清の投与がある。重症な症例では、腹腔内の洗浄を1日3-4回行うために腹腔ドレインを留置する。かわりに、試験的な回復を行い、より徹底的な腹腔洗浄とドレインの設置も可能である。
  

陰茎損傷

去勢術後の医原性の陰茎損傷が報告されていて、通常、経験の少ない獣医が陰茎を誤って挟んでしまうことによる。これは明らかに正しい解剖学的知識を持って臨めば回避できる。鼠径部や小さな精巣を探索しているときに周囲の組織から部分的に陰茎を切り離してしまった場合、炎症や外傷により軟部組織の腫脹や嵌頓包茎になってしまう。このような症例では、陰茎と包皮を水冷することで腫脹を減らし、陰茎を手で元に戻して、スリングで吊るか縫合して保っておき、腫脹が引いて元に戻ったら開放する。もし陰茎を意図せず切断してしまったら、即座に外科的整復または部分的切除術のために二次診療施設に紹介する。 

 

陰嚢水腫

陰嚢水腫は総鞘膜部に無菌的な漿液が集積し、通常術後数か月から数年で発生する。これは開放式の去勢術でより多くみられ、ラバでなりやすい。臨床的には、陰嚢内に疼痛のないフィブリンで羊毛のような腫脹がみられる。これは一般的に治療の必要がなく、馬主が見た目を気にして希望した場合や、まれではあるが跛行するまで腫大した場合には切除される。治療としては全身麻酔下での切除が選択される。これは単純な排液だけでは再発してしまうからである。 

   

結論

去勢術後の合併症は比較的多いが、そのほとんどは牧場で治療して直ちに解消する。しかし、急性で命にかかわる合併症として、出血、腸管脱出、感染、およびエンドトキシン血症の全身症状を示す腹膜炎は、本当に急患で、二次診療施設に紹介する候補となる。陰茎損傷が疑われる馬も紹介したほうがいい。牧場での初めの治療に反応しなかった症例も、のちに二次診療施設に紹介したほうがいい。これは慢性的で明らかな腹膜炎がある馬である。術後の腫脹や浮腫は、牧場で管理できる。