中手近位掌側部障害の診断に用いられる神経ブロックの手技は複数あります。それぞれ影響のおよぶ範囲についての報告が多数あり、それをもとに診断麻酔の結果を解釈します。これまでに考案された方法はどれも傷害の領域を特定できますが、疾患に特異的な神経ブロックは存在しません。
標的となる神経に対する投与方法を試行錯誤し、投与された薬剤が狙った位置に到達しているか、またその薬剤が拡散する範囲を調査してどこまで影響するかを確認するために様々な比較が行われています。
私が最もよく使うのは繫靱帯近位付着部への直接投与です。この方法を採用している理由は、繋靭帯近位付着部の傷害を原因とする跛行が育成馬に多いから、そしてしばしば触診だけでは診断できない症例があるからです。
しかし下記の通り、この方法によるデメリットは一定の割合で手根中手関節に麻酔薬が入ってしまうことがある点です。したがって、腕節に所見がないか慎重に判断し、必要であれば腕節に対しても関節ブロックや画像診断を行います。
はじめに
神経ブロックとは
神経伝達の通り道を一時的に遮断することで疼痛を感じなくさせます。ブロックした位置より肢端の感覚がなくなるため、跛行の原因となる疼痛部位を特定することが可能となります。
神経ブロックの投与部位と感覚消失部位のイメージ図
それぞれのブロックと対応する色の線よりも下肢部の感覚が一時的に消失します。
High Palmer Block
外側掌側神経は、副手根骨の部位で分岐します。その分枝は掌側中手神経と掌側神経です。これらはどちらもHigh 4 Point Blockの標的となる神経で、この方法はそれらが分岐するよりも近位でブロックすることを狙った手技です。
このブロックに反応するのは中手近位掌側部の傷害で、主に繋靭帯近位部や近位付着部の疼痛を原因とする跛行が挙げられます。
文献で明らかになったこと
3つの投与方法を比較
A:繫靱帯起始部への直接浸潤
B:中手近位端での掌側中手神経ブロック
C:副手根骨遠位での掌側および掌側中手神経ブロック
解剖体の前肢に対して染色液を用いて上記の3つの方法で神経ブロックの手技を再現した。
投与方法と他の組織への影響
手根中手関節への混入は、手技Aで37%、手技Bで17%、手技Cで0%で認められた。
手技Cでは手根管腱鞘への混入が68%で認められた。
臨床的な応用
繫靱帯近位付着部は手根中手関節の掌側嚢に近接しており、この部位への投与では混入が起きやすくなる。副手根骨レベルで外側掌側神経周囲へ投与することにより、関節への混入は回避できるが、効率で手根管腱鞘に混入がおきてしまう。
引用文献
A comparison of methods for proximal palmar metacarpal analgesia in horses
T S Ford, M W Ross, P G Orsini
Vet Surg. Mar-Apr 1989;18(2):146-50. doi: 10.1111/j.1532-950x.1989.tb01059.x.
“要約
中手近位部の麻酔を誘導する3つの手技について、手根中央関節および手根中手関節への混入頻度を評価した。解剖体から得た30肢について、メチレンブルーを染色液として3つの方法で投与した。
手技A:繫靱帯起始部への直接浸潤
手技B:中手近位端での掌側中手神経ブロック
手技C:副手根骨遠位での掌側および掌側中手神経ブロック
手根中手関節への混入の発生頻度は、手技Aで37%、手技Bで17%、手技Cで0%であった。用いた手技と関節への混入は明らかな相関があった(P<0.01)。手根中手関節から1.5-4.5cmの範囲で浸潤が見られた。手技Cでは関節への混入はなかったが、68%で手根管腱鞘に混入がみられた。手根中手関節の遠位掌側の突出した関節嚢が第2及び第4中手骨の間にまで広がっていて、繫靱帯の反軸側に接しているため、中手近位掌側の深部に投与すると、この関節に投与してしまう。”