育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

ケンタッキー州の135頭の馬における145の顆骨折の治療成績(Zekasら1999)

前回と同じ症例シリーズで、手術後の成績を比較検討した文献があります。

 

 

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これまでにも骨折の形状や部位および変位の有無などが競走復帰の予後に影響することが明らかにされてきました。変位のある骨折では内固定手術が必要で、予後は悪いとされてきました。一方で、古い症例報告では、変位のない不完全骨折では外科的治療が保存療法より優れているとは言えないという結果もありました。

そこで筆者らは、顆骨折のタイプと治療方法および外科的な整復術とその治癒過程が術後の成績に与える影響を検証することを目的に調査しました。

 

骨折の特徴は完全骨折または不完全骨折、変位の有無、関節面に骨片があるY字型骨折線を分類した。

骨折治癒の質は68頭について2−4ヶ月以上の長期経過観察を行い、骨折線の埋まり方や骨増生から4段階で評価した。

治療方法は、不完全骨折では一部保存療法が選択された。完全骨折はすべて螺子固定が行われた。骨片がある症例は固定や安定化が得られないものは除去したがなるべく残す方向であった。内固定手術でトラブルのなかった馬は、術後1ヶ月の馬房内休養とその後1ヶ月は馬房内休養とひき運動を行った。

 

第三中手骨の顆骨折では、通常の4方向のX線検査に加えて、屈曲DP像による掌側面の楔状骨片の描出を評価することは、予後を評価するうえで重要な情報となります。この骨片の有無により、内固定手術による整復の完全性や術後の主な合併症である関節炎のリスクが異なるからです。

この調査では、関節面に骨片があった症例はほとんどが完全骨折であったが、術後の出走率は52%と報告されました。一方で完全骨折で骨片のない症例の出走率は68%でしたが、統計学的な有意差はないと解析されました(P<0.1) 。骨片があった症例では術後出走までの期間は平均8.6ヶ月で、術後平均6.3回出走していました。

 

85.5%の馬は内固定手術を受け、内訳は不完全で変位のない骨折28%、完全で変位のない骨折35%、完全で変位のある骨折35%であった。内固定手術を選択しなかった骨折のうち81%は不完全で短い骨折であった。

術後4ヶ月以内の治癒経過は、Excellentが25%、goodが43%、fairが28%、poorが4%であった。一方でプアパフォーマンスを理由に術後6ヶ月以上で再検査した馬の治癒グレードは低い傾向にあった。

術後、出走までにかかった期間は5.2〜24.4ヶ月で、平均9.7ヶ月であった。骨折タイプに関わらず、術前に出走していなかった馬ほど出走までの期間が長かった。術前に出走がなく、術後に出走しなかった馬は13頭、出走率は65%であった。術前に出走していたが、術後に出走しなかった馬は37頭で、出走率は64%であった。

オスは72%が術後に出走したが、メスは53%が出走した。

 

オスはメスより術後の出走率が高くなっていましたが、これは、そもそもメスでは競走復帰を目的とせず繁殖入りする馬も含まれていたと考えられると考察されていました。

この骨折は他の病態と異なり、術前の出走の有無で術後の出走率には差がありませんでした。

短い不完全骨折では保存療法がベストな選択肢だと述べていたグループもありましたが、この調査では短い骨折に保存療法を行ったうち87%が出走した一方で、長い不完全骨折に対して螺子固定を行った症例の74%が術後に出走していました。ランダム化された治療選択ではないため螺子固定が優っているか検証できませんが、保存療法は骨折癒合遅延や完全骨折へと進行するリスクを孕んでいることは明白です。

この調査における関節面の骨片に関しては、1頭を除き除去しませんでした。螺子固定することで骨片を圧着することができたと記述されています。これ以前の調査では数頭しか復帰できなかったものの、本調査では半数以上が競走復帰できたことは良い知らせでした。

術後2−4ヶ月の骨折治癒転機は重要な予後因子となります。術後4ヶ月までの治癒がExcellentであればより早く競走復帰でき成績も良好でした。一方で関節の損傷があると変形性関節症を起こしやすく、骨折線が治癒したとしても疼痛が取れない可能性があります。

 

 

参考文献

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

本研究の目的は、顆骨折の特徴と選択した治療方法がその後の運動能力に関係するか調べること、および内固定後の予後に影響する治癒過程の特徴を明らかにすることである。135頭、145の骨折について医療記録および術後X線検査および競走成績を調査した。全体で65%の症例が術後に出走し、復帰までの期間の平均は9.7ヵ月で、出走回数の平均は13.7回であった。骨折前に出走歴があることは、術後の競走復帰に影響しなかったが、出走歴がない馬は術後出走するまでの期間が長かった。術前後で出走歴があった馬では、66%が術後に競走クラスが維持または向上したが、64.2%で獲得賞金は術後の方が少なかった。85%は内固定術を行い、このうち70%は完全骨折であった。不完全骨折で変位がなかった骨折で保存療法を行った馬のうち87%は治療後に出走した。内固定術後の出走率は、変位のない不完全骨折で74%、変位のない完全骨折で58%、変位のある完全骨折で60%であった。性別ではオス(72%)のほうがメス(53%)より術後出走率が高く、これが術後出走率に真に影響していそうである。らせん状の骨折では復帰までの期間が平均13.3ヵ月とながくかかった。関節面に骨片のあった症例の52%は術後に出走した。2-4ヵ月の期間で骨折線が消失していた馬では競走復帰が得られやすかった。本調査の症例では、ほとんどの馬が適切な治療を選択され、骨折の特徴によらず競走復帰することができた。競走復帰の予後は関節損傷の重症度、関節内の粉砕および外科的な整復術の質に影響されるようである。

 

馬の骨折整復や診断、周術期管理について詳しく知りたい方におススメ