椎骨の病態は馬における跛行や背部痛の原因となりますが、腰椎には手が届かず、診断や治療の方法が限定されていて難しいのが現状です。しかしながら、競走中に椎骨の骨折が起こることがあり、そのほとんどは腰椎で発生します。腰椎の骨折は、典型的には外傷と関連せず、軽度な繰り返しの損傷が積み重なって骨折が起きやすくなることを前提に、先行する異常所見から二次的に骨折が生じる可能性があるという定説があります。
この調査では、カリフォルニアのクォーターホースとサラブレッドの競走馬における致命的な腰椎骨折の発生率や骨折の性質および、骨折した椎体における慢性的で病的な変化の所見について明らかにするために行われました。
調査1では回顧的調査が行われ、1990年から2012年までの期間でカリフォルニアの競馬場で死亡した馬の剖検記録を調査しました。
38頭のクォーターホースと29頭のサラブレッドが腰椎椎体骨折を原因として死亡していました。このうち、33頭のクォーターホース、14頭のサラブレッドは、最も尾側の腰椎(L5-6)で骨折が見られました。サラブレッドのうち7頭は他の部位の腰椎椎体骨折が主因で、残りの8頭は他の運動器疾患から二次的に骨折が見られました。原発のL5-6の骨折で死亡した馬のうちクォーターホース30頭とサラブレッド6頭はレース中に発症しました。発症時点での出走回数は0〜19回および0〜21回でした。
2011年から2012年の期間では、運動器疾患で死亡した症例はクォーターホース45頭、サラブレッド229頭で、腰椎骨折はクォーターホース6頭、サラブレッド2頭でした。クォーターホースの運動器疾患で死亡したうち、腰椎骨折は3番目に多い原因でした。
2007年から2012年の調査ではジョッキーの負傷との関連が調査されました。レース中に原発の腰椎骨折が発生したのはクォーターホース14頭、サラブレッド4頭で、それぞれ10頭と2頭がジョッキーの下馬もしくは落馬と関連していました。
調査2ではこの骨折の前向き研究および症例対照研究が行われました。
2011年から2012年の期間で原発の腰椎骨折(症例)および関係のない理由で死亡した馬(対照)から腰椎椎体の標本を取り出しました。標本は軟部組織を剥がし、肉眼、X線、CTおよび組織(脱灰してHE染色)で評価しました。CT画像からは椎体の高さや幅などの定量的な測定を行いました。L4,5,6の椎体にそれぞれの関心領域で解析し症例と対照で比較を行いました。
症例はクォーターホース5頭、サラブレッド1頭で、対照はクォーターホース3頭、サレブレッド1頭が抽出されました。椎体の数はそもそも個体間で異なることはあり、形状についてのばらつきはいくつかあったものの、計測項目には症例対照間で差はありませんでした。
症例では骨折の起きている部位にはいくつかのマイナーなパターンはあるものの、隣接するL5-L6椎体終板と椎間板を頭側腹側から尾側背側方向に斜め方向に起きていました。リモデリングやモデリングの所見があり、適応反応から骨折に先行する病的な変化までありました。症例では尾側終板および椎間板に接する椎体での骨硬化があり、対照では程度はそれほどではありませんでした。モデリングによる椎体のフック形成は腹側で見られました。L5-6間では繊維および仮骨による癒合がクォーターホース症例の全頭でみられましたが、小さな仮骨形成はサラブレッドや対照では見られませんでした。
骨密度は、症例のL5尾腹側領域で最も高く、L5-6の骨折部では反対側の終板で密度が高くなっていました。椎体内で症例対照間に密度の差はなかったものの、中央腹側領域の密度は症例の方が低くなっていました。他には差が見られませんでした。
致命的な骨折に先行すると思われる病的な所見は、認識されているよりも一般的にあるのかもしれません。骨硬化、骨梁の密集、リモデリングは骨折部位で顕著でした。尾腹側ー頭背側方向の骨折に関連した領域で、骨密度の上昇と終板の石灰化は最も明らかでした。手根骨と同様に、椎体も調教負荷を受けて骨硬化が起きるようです。過剰な、繰り返しの負荷により局所的な椎体終板または椎間板に損傷が起き、治癒反応や椎体不安定が生じると考えられます。終板の骨硬化、仮骨や瘢痕形成および脊椎症が骨折に先行する所見となります。
馬の椎体脊椎症は多くないものの腰椎で評価されていますが、競走馬における致命的な骨折との関連づけられてきませんでした。これは年寄りの馬の問題だと思われていましたが、この調査の症例は2−4歳でした。直腸検査で尾側腰椎および腰仙部の関節癒合や変性性変化を検出することができます。この調査でもL5-6間の椎体および椎間板で問題が見られましたが、一方で椎体間の脊椎症が生体力学的な力を変化させることによる病態への影響は不明です。
椎体脊椎症の病因はわかっていませんが、椎体に付着する椎間板や靭帯にかかる力学的負荷が疑われています。馬の椎間板は繊維性軟骨主体で犬や人のようにゼラチン質ではないため、馬では椎間板疾患は多くありません。
腰椎〜仙椎の個体間の解剖学的ばらつきは大きく、椎体の数や癒合部分、棘突起や横突起、筋肉まで差があります。椎体のなかで背腹方向に最も可動するのは腰仙部ですが、ある調査では1/3の馬がL5−6間で背腹方向に可動することが明らかになっています。解剖学的なばらつきが病態に与える影響は不明です。
サラブレッドよりもクォーターホースの症例が多く、これはコンフォメーションと求められる競走能力および年齢の違いが関連すると考察しています。より筋肉に富むと、胸腰椎を大きく動かせることがわかっています。椎体の幅もクォーターホースの方が広かったのですが、より詳しく調査し、腰椎の生体力学について理解を深めることが必要です。
本調査の結果から、臨床医はより診断性能の高いモダリティを求め、尾側腰椎の評価を行い、臨床例での関連性を評価するようになるでしょう。現在では生前に腰椎の病態を検出することは難しいが、シンチグラフィとX線を組み合わせた評価もされてきています。超音波検査では尾側腰椎の椎体腹側の病変を評価することが可能です。正常な解剖像や診断方法、腰椎椎体の評価にはより詳しい情報も必要ですが、骨折の所見がわかれば臨床的に調査可能となり、軽微な椎体の損傷でも検出し、致命的な骨折とそれに関連する騎手の負傷を予防することにつながります。
ただ、依然として分厚い筋肉をはじめとする軟部組織に囲まれた椎体のわずかな骨変化を検出するのは難しく、シンチグラフィと大型X線検査を組み合わせて、骨代謝をモニターするくらいが現実的かもしれません。より口径の大きいCTなどが導入されれば、馬の腰を撮影することが可能になり、椎体の骨棘や化骨などの変化が見つかるかもしれません。
参考文献
研究を行った理由
競走馬の腰椎骨折の病態生理に関する知見を得るため。
目的
カリフォルニア競走馬における馬の腰椎骨折の特徴を明らかにすること。
研究デザイン
回顧的症例集および前向き症例対照研究。
方法
競走馬の剖検報告書および騎手の負傷報告書を回顧的に調査した。腰椎骨折を発症した競走馬6頭と脊椎ではない部位の骨折のため安楽死となった対照競走馬4頭から採取した椎骨標本を目視、X線撮影、コンピューター断層撮影および組織学的検査により評価した。
結果
腰椎骨折は22年間にクォーターホース38頭およびサラブレッド29頭の競走馬で発生し、第5腰椎および/または第6腰椎(L5~L6;クォーターホースの87%およびサラブレッドの48%)が主要部位であった。腰椎骨折はクォーターホースで3番目に多い筋骨格系の死因であり、騎手の負傷との関連が頻繁にみられた。腰椎標本には、椎骨の数、背側棘突起および横突起間の関節の解剖学的なバリエーションが含まれていた。競走馬6例(クォーターホース5例、サラブレッド1例)の腰椎骨折は、隣接するL5-L6椎体終板と椎間板を頭側腹側から尾側背側方向に斜め方向に起きていたが、1例は終板1枚のみであった。すべての症例で、椎体の腹側面に異常がみられ、これは先行する適応障害の病態と一致した。
結論
腰椎骨折はL5-L6椎体接合部に既存の病態を有する競走馬で発生し、この病態は馬が致命的な骨折を起こしやすい可能性が高い。これらの所見を知っておけば、腰椎の評価をしようとするし、軽度の椎体損傷の発見を増やし、競走馬の致命的な損傷およびそれに関連する騎手の損傷を防ぐことにつながる。
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