育成馬臨床医のメモ帳

このサイトは、育成馬の臨床獣医師が日常の診療で遭遇する症例に関して調べて得た情報をメモとして残すものです。

繋靭帯脚炎についてのまとめ

 

はじめに

suspensory ligament

繫靱帯


 繋靭帯炎は部位によって発生、症状、予後、治療方法が異なります。発生部位を大きく3つに分類すると、近位(付着)部、体部、脚部に分けられます。本記事では、どんな年齢でも起きうる繋靭帯脚部についてまとめます。

 繋靭帯脚炎は全てのスポーツホースにおいて比較的よくみられる疾患です。通常は単一の肢の単一脚部での発生が多いですが、複数脚の発症もあります。肢のアンバランスは発症素因となります。

 

臨床症状 

 臨床症状は患部の熱感や腫脹で、腫脹は靱帯の腫大および靱帯周囲の浮腫および線維化が原因です。後肢では特に靭帯よりも線維化による腫脹が主体なことがあります。

 靱帯の遠位1/3が滑膜の直下を走行するため、球節の腫脹が併発することがあります。後肢ではときどき、趾屈腱鞘の腫脹も併発し、靱帯の触診が困難になることがあります。

 普通に触診しているだけでは軽度の腫脹は容易に見逃されてしまいます。正常な繫靱帯脚部は背掌側の幅は均一なため、肢を負重した状態で、両手の親指を繫靱帯体部の前と後ろにあてて上から下までなぞると、正常であれば同じ間隔です。

 損傷した脚部を触診したり、球節を屈曲したりすると疼痛を示します。

 跛行の程度は無し~重度までさまざまで、通常は損傷度と比例し、損傷が長期化するほど跛行は悪化します。まれに若齢馬で進行性の脚部損傷および周囲の線維化を伴う、急性の重度で持続的な後肢跛行を示すことがあり、球節が過伸展する症例があります。

 

診断

身体検査と診断麻酔

 臨床症状と超音波検査に基づいて診断します。跛行の原因が複数疑われるときには診断麻酔も必要となります。ただし残念ながら、球節周囲の構造は複雑で、診断麻酔による疼痛部位の完全な特定は困難です。球節の腫脹をともなう急性の繫靱帯脚炎では、2-3週間後に再評価すべきで、関節の腫脹および触診痛が残存するときは、関節内ブロックを行います。

 

超音波検査

 繫靱帯は触診で異常を認めるよりも広い範囲で損傷している可能性があるため、超音波検査では隅々まで評価します。超音波検査で繫靱帯体部および脚部に認められる主な異常所見は以下の通りです。
 ”腫大および形状の変化、辺縁の欠落、中心部もしくは辺縁部の境界が明瞭または不明瞭な低エコー像、横断面の一部もしくは全部のびまん性低エコー像”

 繋靭帯脚部の超音波検査は横断および縦断像で評価します。種子骨付着部に限定した損傷では、縦断像でしか診断できないことがあります。

 繫靱帯脚部の局所的な軽度の腫脹および熱感があり、わずかな歩様の異常があるにもかかわらず、繫靱帯に超音波検査で異常を認めないことがあります。なかには安全に運動できる馬もいれば、臨床症状が軽減したにもかかわらず繫靱帯脚部損傷がおきる馬もいます。靱帯周囲の線維組織が損傷すると跛行が再発することがあります。斜種子骨靱帯の損傷が併発していることもあります。逆に、繋靭帯脚部の低エコーを認めるものの、臨床症状を示すことがない症例も多数報告されています。したがって、検査時点での所見の意義や、その後に臨床的な繋靭帯炎を発症するかどうかは慎重に判断する必要があります。

 

パワードップラー

 パワードップラーは、小さく弱い血流でも信号を拾うことができるドップラー法です。腱や靭帯は正常では無血管であり、組織内に血流は描出されません。ですが、炎症や損傷・修復の過程において腱や靭帯組織内に血管が浸潤してくることが知られています。このことを利用した馬の浅屈腱の評価方法が研究されており、繋靭帯についても血管の評価が報告されています。

 海外の文献では、低エコーを伴う繋靭帯には全て血流が検出され、臨床症状およびBモード像における損傷が重度であるほど血管スコアが高いとの報告があります。国内の調査では、継続的に繋靭帯脚炎の評価を行ったところ、リハビリ過程で低エコーおよび血管スコアは改善したことから、治癒モニタリングへの有用性が示唆されました。
 

その他の周囲組織に認められる異常所見

・皮下にエコー輝度のある物質がある(エコー源性が均一でエコー源性の低い部位があるときは靱帯周囲の断裂した線維組織を表す)
・外側と内側の脚部の間にエコー源性のある物質がある
・脚部に高エコー性の小体や大きな腫瘤がある
・種子骨に輪郭の不整や骨折がある
・屈腱鞘または球節の異常な滑液の増量がある

 

X線検査

 超音波検査のみで種子骨辺縁を評価することもある程度可能ですが、X線検査を組み合わせることで、より詳細な評価が可能になります。特に注目するのが種子骨と中手/中足骨(副管骨)の領域で、繫靱帯の異所性石灰沈着、副管骨の形状異常および遠位部の骨折、種子骨の骨折、線状陰影(種子骨炎所見)、掌側部のモデリングが認められることがあります。

 種子骨炎と繋靭帯脚炎の関連についてはいくつか報告があり、リスク因子と考えられています。海外の文献情報では、種子骨炎所見のある馬では繋靭帯脚炎の発症リスクは4.56倍になり、1歳時に種子骨炎がある馬では繋靭帯脚部の低エコー所見は5.1倍で、さらに種子骨炎と繋靭帯低エコー所見を1歳時に認めた馬の将来的な繋靭帯脚炎の発症オッズは11.7倍となることが報告されています。国内では繋靭帯脚炎を発症した育成馬における種子骨炎の有所見率は81.9%と報告されています。

 また、種子骨尖部骨折発症馬において、繋靭帯脚炎を併発した馬は術後の出走率が低いとの報告があります。種子骨軸外部の骨折では、10頭中10頭が繋靭帯の損傷を併発していたと報告されています。したがって、種子骨骨折症例においても繋靭帯脚部の損傷の評価は、予後を判断する際には必要です。

 

治療と予後

 治療法はその馬の用途、血統、臨床症状および超音波検査の重症度によります。最もメジャーな治療方法は保存療法で、局所の冷却、適切な装削蹄、馬房内またはサンシャインパドック休養、制限された運動プログラムが併用されます。さらに保存療法と組み合わせて、損傷部にPRP(多血小板血漿)、血小板濃縮血漿、骨髄穿刺液、間葉系幹細胞などを投与する再生医療が試みられていて、ある程度の成果が得られています。 

 ただしいずれの治療方法でも休養~リハビリの期間は十分長く設ける必要があり、短期間で運動再開すると再損傷してしまうことが多いです。超音波検査では、損傷が治癒するのは遅く、18ヵ月以上も長期間残存することがあります。損傷が残存している場合には再発率は高くなります。損傷のグレードが高いほど再発率が高いことが報告されています。完全な休養期間は6~8週間、その後はひき運動から再開して、騎乗常歩は損傷から3ヵ月程度経過してからが望ましいです。リハビリ期間は全体で短くとも9か月はとる必要があり、経過によっては運動強度を加減する必要があります。

 繋靭帯脚炎の競走復帰の予後は損傷の程度によって変わります。また、種子骨の骨折や種子骨炎、中手/中足骨や球節などの所見が予後に関係するとの研究結果もあります。海外の若齢馬における研究では、競走復帰率は65.9%で、初出走時期は遅くなるために、2‐3歳時の出走回数や獲得賞金は少なくなりました。しかし出走できた馬で賞金やパフォーマンス指標には明らかな低下は認めませんでした。国内の未出走の育成馬に限定した研究では、前肢で81%、後肢で94.7%の出走率で、母系兄弟との比較で差がなくパフォーマンスへの有意な影響は認められませんでした。

 近年では保存療法以外も考案されており、繋靭帯脚部辺縁の断裂に対する切除術を行った29頭では、96.6%が調教復帰し、65.5%が競走復帰しました。ヒト医療の技術を応用し、難治性の種子骨付着部損傷をデブリード後、そこに幹細胞投与を行って治癒した競走馬の1例の報告があります。球節の腫脹をともなう繫靱帯脚部軸側の損傷に対して鏡視下で切除し13/18(72%)が5ヵ月から6年の間で完全な運動に復帰した報告があります。
 

参考文献

 

 

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サラブレッド種育成馬における繋靭帯脚炎と近位種子骨 X 線像の関連性 安藤ら JRA調査研究発表会2011年
超音波Bモード法とパワードップラー法を併用した繋靭帯脚炎の評価方法について 飯森ら JRA調査研究発表会2018年
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